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守ろうとしてくれているのは嬉しいけれど、と薫子は頬に手を当ててあらあらと苦笑した。
舞香は四季神にまんまとのめり込んでしまったらしい。名家の子息に気に入られた、と今の父親も大層喜んでいるようだ。
あれは人を呑む蛇だ、と薫子は思う。
自分を見る時の瞳はどうやって喰らってやろうかと考えているようで気味が悪い。
方々に手を回していたことは知っているが、時に恫喝も行っているようでやり方が気に食わない。桜子が四季神環の元に行く前は桜子のお気に入りの画家に筆を折らせようとしたり、郁人を嵌めようとしたこともある。というか、実際父は嵌められたのだろうなと思う。今は桜子が振り回して遊んでいる、みたいな話も聞くが、環もやり方はかなり過激だったようだ。
「お嬢、それで何かするのかい?」
黒いスーツ姿の青年が部屋の外からそう問いかけてくる。彼は正真正銘祖父母が雇った護衛である。薫子が許していることを良いことに雑な言葉遣いではあるが、彼女のために働くという意思は強い。
「春宮から向かわせる人間はあなたが動かしやすい人になさい。まだ椿さんが全てを指揮するというのは荷が重いわ」
「過保護なことで」
「ふふ、そうかしら」
ガラリと襖が開く。
現れた薫子を見上げながら、「婚約者だから、ですか?」と彼は問う。
その言葉にきょとんとした顔をした後に、ぽっと頬を染めた。
「なんだか照れてしまうわ。…けれど私、まだ椿さんがそうだって、正式に教えてもらっていないのよ」
どこまで自分のものという顔をしてもいいのかと少し迷う。
けれど、椿と諾子は薫子の中で特別に大切な人たちだ。少しくらい甘やかしたっていいのでは、と思ってしまう。
「失敗するならリカバリーが効く程度のものの方がいいわ」
失敗することが悪いことばかりであるとは思っていない。思っていないが、取り返しのつかないものは困る。
もし彼らの心が自分から離れることがあっても、幸せに生きて欲しいと願っているため、その気持ちはなお強い。
(お嬢を必死に守って頑張ってる二人、自分たちも裏でこっそりお嬢に守られてるって知ったらどんな顔すんだろうなぁ)
確実に悶絶するな、と少しだけ可哀想に思う。年々、隠し事を暴くのが上手くなっているお嬢様はたまにこうやって先に手回ししてしまう。椿についている人間が頭を抱えるが何せ、相手が薫子だ。逆らうことはできない。
「諾子さんの方が少し手薄だから必要であれば私の名前でもう少し動員しても構わなくってよ」
にこにことそう言うが、必要でない限り自分の名前は出すな、とも取れなくはない。
「はいはい、給料分は仕事をしますとも」
彼が投げやりにそう言った。
薫子はその言葉にそっと微笑みを浮かべた。
時透の家にも協力は要請してある。兎月も関わっている以上は今のところ大丈夫だろう。
月光がほのかに薫子を照らす。
暗躍する彼女はどこか、悪役じみていた。
互いに暗躍に気付かれたくない幼馴染たち。




