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幼馴染は盲目
初等部の修学旅行は京都だと決まっている。日程も決まっているし、旅館も押さえてある。
自分がそばに居るから大丈夫、だなんて思い上がったことを考えられるほど椿は楽天家ではない。
(諾子さんが同じクラスでないのが痛いな)
薫子に関してあれほどに信頼のおける人間は存在しないのに、とそっと息を吐いた。しかも同性。同じ部屋に居られる。
とはいえ、確実に接触をしてくるかなど分からない。
春宮から旅館に数名派遣するのが現実的か。そう考えながら報告書を引き出しにしまった。根回しは慎重に、確実に行わなければならない。薫子に関わることであれば尚更。
「椿さん、最近忙しくしているようなのだけど兎月さんは何か知っていて?」
「知らん」
「そう……。機嫌も悪そうだから何かあったのかと思ったのだけれど」
心配そうにそう告げた薫子に兎月はバレてんぞ椿と思いながら少し遠くを見た。薫子と一緒にいる時の椿は常に優しい好青年だ。機嫌の悪さなど欠片も見せはしないのによく気付くものだと舌を巻く。
「椿の機嫌とかどうやって分かるんだ」
「なんとなく、空気感が違うの。言葉にはしにくいのだけれど」
勘がいい。空気感とか気をつけろと言いにくい。
後ろから諾子が抱きついて、薫子の肩に顎を置いた。それを受け入れて当然のように頭を撫でる。この二人の距離感も相変わらずである。
「まぁ、なんか面倒な茶々入れでも入ったんじゃないかなぁ」
薫子を受け入れながらそんなことを言う諾子は詳細を知っているが、彼女の姉ですらない路傍の石についてなど話す気はないのだ。
薫子に見えないように薄ら笑みを浮かべる。
“特別”は少ない方がいい。
(まぁ、同性である以上結婚とかは出来ないし、そういう意味での特別は椿にあげてもいい)
一番親しい親友としての席は自分のものだ。だが、負の意味合いであっても同性で特別な間柄の人間なんて必要ない。
たしかに薫子が気に入ってそばに置く人間は少ないがいる。けれど、特別なのは自分と椿だけだという確信があった。
たった一人に笑って欲しくて暗躍する二人だけれど、その実当人は置いていかれている感覚だ。
(……おじいさまにやり過ぎないように見ていてもらうべきかしら)
何となく、何かに巻き込まれかけていることを察して兎月の顔を見る。そして、にっこりと笑ってみせた。
あ、やばいと逃げようとした兎月を「ねぇ、お使いを頼めるかしら」と引き止める。
「え、なんで兎月」
「叔父様にお願いがあるのよ」
可憐に微笑む薫子に何か企んでいる気配は一切ない。けれど兎月はこういう時の薫子は大抵悪巧みをしていると知っている。自分の両親と一緒だと逆らいにくいためか、より手がつけられない。
(そういえばコイツが一番、幼馴染に自分のいいところしか見せたくないって思ってるんだよなァ!!)
確かにぽやぽやした箱入りで、祖父母に甘える可愛いお嬢様だ。その一面は大きいし目立つ。
ただ、そういうところも目にするだろうに盲目な椿と諾子は忘れがちだが、薫子は幼い頃に春宮に引き取られてからはずっと支配者階級の人間である。そして、本人はケロッとしているが、そうあるべしと非常に厳しい教育も受けているのだ。求められているような綺麗なだけのお嬢様ではない。




