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夏が終われば修学旅行の時期が近づいてきた。薫子に同じ班へ誘ってもらおうと周りでちらちらと彼女を窺う瞳はそれなりに多い。彼女と同じグループにいるだけで諒太や朔夜とお近づきになれるのだ。必死の人間もいる。
それはそれとして、薫子はいつもの三人娘にこっちおいでして班に入れ、五人までの枠はさくっと決まった。なぜ彼女たちを選んだのかと尋ねる人間に、「だって、あなた方は葉月さんと仲良くできないじゃない」と至極真っ当な意見を述べて。
「春宮さんってマジで身内に対する態度バグってるよな」
八雲の言葉に兎月と諒太は静かに頷いた。
過保護である。
自分たちを含めて、それで助かっている人間もいるので決して本人には言えないが。
「おい、椿。顔貸せ」
無遠慮にガラリと音を立ててドアが開いたと思えば、雪哉が少しばかり不機嫌そうな顔で椿を呼び出した。キャアキャアと騒ぐ女生徒たちを目線だけで追い払う。
自分に直接声をかけてくるなんて珍しいな、と椿は眉を顰めた。
呼び出しに応じて移動する。
屋上は基本的に開かず、そこに続く階段は人があまり来ない。そこまで移動すると、「薫子にはあまり心労をかけたくない」と無感情にすら聞こえる声音で彼はつぶやいた。
「有栖川舞香、現在の嵐山舞香。四季神と接触しているみたいだ」
「……それが、薫さんに何か関係でも?」
「四季神は薫子を諦めちゃいない。そして、あの女はどうやら薫子を逆恨みしている。高等部入学に合わせて勉強のカリキュラムも合わせているらしい。何か仕掛けてくる可能性は十分ある」
「そうですか。ありがとうございます」
それにしても、諦めていないのは雪哉も同じではないかと怪訝な顔でじっと見つめると、雪哉はその視線に気がついてゆっくりと息を吐いた。
「勘違いすんな。お前“たち”のためじゃない。俺は、あいつを傷つけてまで今動くつもりはない。四季神みたいに手に入るならどんな手を使ってもいい、と思えるほどとち狂ってるつもりもない。こういう場面では協調しておいた方がいいと判断しただけだ」
そう言って、遠ざかる雪哉の背中を見送りながら椿はそっと目を細めた。
「厄介なヤツ」
簡単に排除できるような家の人間ではない。それに彼は、他者のように“多少の牽制”で諦めてくれる人でもなかった。
ある程度の負の感情を抑えて他人を頼る理性も出てきている。出会ったばかりの頃の感情的で不器用な、真っ直ぐな少年から徐々に変わってきている。
薫子のために。
四季神とは別の意味で怖い。
邪魔だとは思うものの、彼の判断も結局は雪哉と同じだ。
共通の敵がいるのならば今だけでも協力した方が薫子の安全のためだろう。
渡さない、たとえば神と呼ばれるものが居たとしても最後に隣に立っているのは自分だ。
固く握りしめた拳を開いて背を向けた。




