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諦められない少年たち
雪哉は自宅に届く見合いの写真を見ながらシュレッダーにかけていた。なお、一応例のリストと照合して跳ねることになった分である。
薫子のことをまだ諦めきれていないがそれはそれ。問題のある人間でなければ顔合わせくらいしておかないと相手の顔を潰す。大人って面倒だ、と思いながら淡々とゴミにしていった。
その中に見たことのある顔を見つける。
嵐山舞香。
苗字に覚えはないが、この顔は薫子に飲み物をぶっかけようとした人間だと思い出した。そして、すぐさまシュレッダー行きである。
「あの女、有栖川の娘ですらないんだったか」
感情の籠らない声音はその名の通り冬を思い起こさせる。
少し考えて、ベルを鳴らした。執事が出てくると「嵐山家について調べろ」と告げる。
「坊っちゃま、釣書が届いていた家ですかな?」
「ああ。写真もあったのだが、不快すぎて気がつけばこうしていた」
「困りますなぁ」
「どうせメモは取ってあるんだろう?……おそらく舞香という娘がここ1〜2年で養子に入っているはずだ」
その指示に頭を下げて部屋を出る。
そして、髪を掻き上げ深く息を吐く。
「薫子に何もしなけりゃそれで良いが」
京都のとある屋敷。
日本庭園は美しく、カコンと鹿威しが鳴る音も風流だ。
灯籠のあかりが柔く道を照らし、そこを着物の少女と白髪に赤い目の少年が歩く。少女はどこか浮ついた足取りだ。
「ま、円様」
「なんだい?舞香」
甘い声音と笑顔はまるで遅効性の毒のようだ。
差し出された手に舞香はおずおずと手を重ねると、頬をぽっと赤く染めた。
「ふふ、かわいいね」
愛しげに細められた瞳の奥にある冷たさに彼女は気付かずに言われた言葉に舞い上がった。
舞香の母、麻里香は娘を放って出た間に京都の製薬会社社長を射止めていた。娘ながら母の手管には感心するばかりだ。渋々と娘を紹介すれば、義父となった男の目が変わった。政略結婚の駒にするけどと母に告げた男の言葉に仕方がないという顔をした母だけれど、内心では早く追い出したいと思っている事はすぐにわかった。
二人の時に「今度何か厄介事を起こしたら、マジで棄てるから」と言われた。母の豹変ぶりにも驚いたが、おそらく本気であろうその目に身震いをした。
(けど、これはこれでラッキーだったかも)
目の前で自分の腰に手を回す少年こそが目当てだった彼女は、絶対に離すものかと思いながら彼を見上げる。
円は円で計算違いだったな、と思う。
随分と椿に執着していたようだから、軽く躾けて数年後くらいに既成事実でも作らせてやれば良いと思っていたが、コロリと自分に転んだ。
(それはそれでいいかな。扱いやすそうだし)
いっそ、薫子の心が壊れるくらいまでに舞香が働いてくれれば、ぼろぼろになった彼女を手に入れるのも吝かではない。
こういう単純な女は嫉妬に狂って勝手に暴れてくれるだろう、と考えながらそれを出さないように優しい顔を作る。
(さて、精々都合のいい女に躾けるか)
白い悪魔がニタリと笑った。




