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椿に手を引かれてパーティー会場へと姿を現した薫子は非常に美しかった。けれど、近づこうとしても椿の一睨みで安易に触れることは叶わない。
薫子を籠絡すれば、なるほどその隣は手に入るかもしれない。しかしそれは同時に椿を怒らせることになる。椿は薫子あってこそ温和に振舞っているが、見る人が見ればその内に飼うのが獰猛な何かだと気がつく。
触らぬ神に祟りなし、というものだ。
だからこそ、この夏の花の会で本当に価値のある獲物は諾子と葉月だった。諾子は現状二人に最も近い少女だ。婚約の話も聞かず、恋の噂もない。彼女を手中に入れれば、薫子に言うことを聞かせることだってできるだろう。
葉月は諾子ほど薫子に近くはないが家柄が良い。本人も大人しい少女であるし、側において支配するのは容易く見えた。
そんな大人たちの期待を裏切るように、諾子は兎月に手を引かれている。鑑は少女を見る兎月の瞳に今までとは違うものを感じて溜息を吐くしかなかった。
対して、無感動に兎月を見て、薫子に熱い視線を送る諾子。
それを見ながら兎月はその視線が向かう先が薫子であるのなら許容できるとその瞳を細めた。
相手が見知らぬ誰かであるならば別として、幼馴染で大切な存在だと初めから把握している人間が相手であれば問題はない。それが他の人間に受け入れられないとしても。
(そもそも、薫子を愛している諾子を愛せる人間なんて限られてるんだよな)
いくら薫子とその権力目当てで近づくことを選択したとしても、薫子が諾子を愛していない人間を許さないなんてすぐに分かるだろうに。
それが分からない人間もいるからこうしてエスコート役を任されたのだろうか、と兎月は思案する。
「ちょっと、どこ見てんの」
「うーん、俺にとって良くないヤツら?」
「ああ、あなたにもそういうヤツいるのね」
「結構多いな」
意外そうに兎月を見る諾子だが、それに口角を上げて「潰し甲斐がある」と言う彼に、相手も面倒なのに目をつけられたものだと考えを変えた。何が彼を動かしているかは諾子には分からないが、椿と同種の人間に喧嘩を売る人間はアホだということだけは感じていた。
「何かあれば、薫ちゃんに迷惑かけない程度なら手伝ってあげてもいいよ」
「そこら辺は大丈夫。アイツが一番の協力者だから」
諾子に危害与える人間絶対許さないウーマンの彼女はちょっと春宮の伝を貸してと頼めば、元正に根回しまでしてガッツリ後押ししてくれる。薫子は自分自身のことは諦めても、自分の可愛い幼馴染のことだけには過保護なのだ。しかも意外に手ぬるい事はしない。
そして、葉月もそれなりに気に入られているのでガッツリ守られている。
薫子の後ろで不安そうにしている彼女に、朔夜が「ほーら、笑顔笑顔」なんて言って俯いた彼女を覗き込んだ。
「秋月くん、大丈夫?お仕事の関係もあるし、女の子と一緒にいるのって問題にならない?」
「別に特定の誰かといつも一緒ってわけじゃないしね。まだ小学生だからお目溢しもしてもらってる。今は比較的安全な男だよー、僕は」
揶揄うような声音に、葉月も小さく笑う。
それを見ながら、拗らせた幼馴染を思い出した。表情には一切出さないあたりが諒太よりも修羅場なれしている。
薫子に「覚悟決めろや」されてしまった彼はただいま絶賛修行中である。
夏の間に黙らせる力を手に入れて来いと椿に言われて夏目家の掌握を始めた。ある程度の権力をさくっと手に入れて来い、というやつである。
(まぁ、今回は比較的社交慣れしてる僕が壁になってはあげるけど)
周囲の視線が痛い。邪魔をするなと思っているのが手に取る様にわかる。
大人ならば、そこら辺をうまく隠してこそだろう、とも思うが逆にその程度だからこそ何もできないだろうとここに来れている気もした。むしろ微笑ましく自分たちを見つめる瞳こそが不気味だ。その裏に誰がいるかを見極めようとしているようだ。勘ぐっても諒太しか出てこない。
──早く夏が終わって欲しい。
あと、薫子が満足するだけの答えを見つけて欲しい。
そう思いながらも彼の顔に浮かぶのは甘やかな笑顔だった。




