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「夏目諒太もご友人でしょう?良かったのですか?」
椿にそう問われた薫子は、彼の対応が未だに厄介な層の女生徒を惹きつけているのだから仕方がない。そう返した。
「別に言いたくって言ったわけではないのよ?人様のそう言ったことに口を出せるほど私もそういった感情に詳しいわけではないし。けれど……少し、気にかかる動きもあるの」
多くは薫子に怯える紗也が抑えているが、一人でどうこうできる問題ではないことも理解している。薫子が狙えないならばと諾子や葉月に手を回す人間を彼女でも何名か知っている。
諾子は何故かわからないが兎月が気にかけて頻繁に情報をくれるし、彼が手を回している。その働きぶりは薫子も評価しているが、あの必死さで働いて「ちょっと気になるから」は多少無理がないかと流石の薫子も思っている。安全が守られる分には問題ないので構わないが。
問題は葉月である。
いくら黒崎家が頑張って警護をつけたって学内までは関われない。今は小学生だからまだそこまで危険性は大きくないけれど、学年が上がるにつれ危険度は増す。
女であればこその危険だってある。
薫子自身のことに関しては椿がいるからどうとでもなるかなぁ、と思っているあたり信頼が厚い。そもそもが椿はそのために薫子に付けられた一面もある。
そんな中、守る覚悟もないのに良家の跡取り最有力の候補で顔も良く性格が穏やかな
と言われる夏目諒太が葉月に近づくのは、今のままであれば困る。
自分は女生徒から追われて大変だったくせに、まだ自分が贔屓した女性がどうなるかまで考えが及んでいないというのは勘弁してほしかった。葉月と今後も関わるのであればもう少し戦う意志を見せて欲しいところだ。
「椿さんはこんな私は嫌いかしら」
「いいえ。どんなあなたでも大好きですよ」
些かきつい事を言った自覚がある薫子が冗談めかして問うたその返事はあまりにも甘い声音であった。優しく彼女を見つめる視線に照れて頬に赤みがさす。
「簡単に大好きなんて言うものではなくってよ」
言っていることは可愛くないが、表情と併せて見ると非常に可愛い。椿もにっこりである。
そもそも、彼は薫子以外に好きだなんて言うつもりはない。
「あなたにしか言いませんから」
穏やかな口調で言われた言葉に今度こそ薫子は真っ赤になって俯いた。
そのまま手を引かれて、気がつけば家だった。
目撃してしまった梓はうわぁ、と思った。
薫子が鈍いのは分かっていたことだが、それでもあれだけ甘い声で「あなたにしか」と告げられるとその表情は変わるんだなぁ、と遠い目をしながら思った。
自分たちの身の安全のためには薫子にはさっさと椿を受け入れてもらった方がいい。兄など、本当に二人の仲が良いのかと探りを入れてくる。普通に「椿様が薫子様を溺愛していらっしゃるのでお前が入り込む隙間はない」と言っている。しょんぼりしていたが、余計な茶々入れをすると碌なことにならない。
薫子にはこのまま流されていただいて、椿の手綱を引いて欲しい、彼女は心の底からそう願っている。どう見ても満更でもない感じだし。
梓は椿たちにバレないようにそっと空き教室を離れて、友人たちに「今日はあそこ使用中みたい!」と言って背中を押した。
愛を囁く恋する狂人に近づいても良いことなんてない、と梓は腕を摩った。
繁忙期になって余裕がないので、今年最後の更新になります。
今年はありがとうございました。来年も宜しくお願い致します。




