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恋に恋した厄介な少女の面倒を見ていたからか、兎月には少しだけ恋愛への忌避感があった。椿を見ていたからそんなにたった一人にために狂えるものか、と思うところもある。
その何とも言い難い感情を同じくする人間がもう一人いた。
夏目諒太である。
かつて薫子に淡い初恋をしていた彼ではあるが、椿のガチっぷりに早々に振り落とされた一人である。
爽やかで快活な性格になるはずだった彼は、女性不信気味に成長してしまった。根が穏やかなために今もアプローチを仕掛けてくる人間がいないわけではない。そして、アプローチをするたびに彼の周囲の数少ない女の子を扱き下ろす人間への好感度をガクッと下げている。
とはいえ、隣で大人しく穏やかに過ごしてくれる黒崎葉月に対しては他者とは違う感情を抱きつつあった。
“しききみ”の登場人物は悪役令嬢薫子を含めて考えても、良くも悪くも溺愛気質である。最初の態度と攻略後の態度の違い。そのギャップにどハマりする女性ユーザーは多かった。
その中で、徹頭徹尾主人公に優しく、共に成長していくのが夏目諒太であった。最初から優しいのもあってかユーザー人気は攻略キャラ内でもそこそこではあったが、彼のファンはガチ恋が多く、「リアルで選ぶなら絶対諒太だろ、ふざけんな」と言いながらグッズ購入では箱を積むお姉様が多かった。
「葉月さんの周囲に牽制するのであれば、あなたが彼女をどう思っているのかはっきりさせてくださらない?」
気になって目で追って、傷なんて何も負って欲しくはなくて、誰かに攫われて欲しくなくて。
気がつけば周囲よりも贔屓にしている。
薫子がいるから、彼女のために葉月と仲良くしていると思われているうちはまだ良い。そう言って薫子は笑う。けれど、と続けられた言葉の温度は低い。
「もし、あなたが葉月さん自身を気にかけていると知られた時、彼女たちの敵意は全て葉月さんに向かうわ」
ゾッとするような声音に、その瞬間を思い浮かべてしまった。
あの勢いのまま、諒太が忌避する少女たちが葉月に向かえばどうなるか。
──彼女たちは、罪悪感など欠片も持たずに、あの優しい少女に牙を剥くだろう。
薫子はいつだって幼馴染の二人を優先するけれど、葉月たちを大切に思っていないわけではない。
葉月やあかりたちは薫子と一緒にいても狂わなかった稀有な存在だ。庇護下に入れて側においても、側にいる白桜会のメンバーなどに心奪われてかつて自分たちを虐げていたメンバーと同じことをやろうとする人間もいる。
「葉月さんは私の大切なお友達よ。その気がないなら、今のうちに離れていただきたいの」
普段はその名の通り、春を思わせる少女であるが、上に立つ者として動くときはこの上なく支配者の貫禄を見せる。
「はなれ、たくない」
「では、あなたが彼女を守れると証明なさい」
口から出た本音に、少しだけ間が空いて、それから歌うような声音で薫子はそう告げて背中を見せた。
真っ青な顔のまま戻った彼は椿にどうすればいいか聞きにいった。まだ、自分の気持ちが確実に「そう」だとは言えない彼はそれでもただ一人を目で追ってしまう。
「兎月といい、君といい……。俺よりよほどあなた方の方が面倒くさいと思いますけど」
自分でこうなら兎月はどんな脅しをかけられているか、諒太は少しだけ気になったが、兎月のガチっぷりを聞いてスペキャった。
なお、それだけのガチっぷりを見せているのに彼には恋をしている自覚がない。諾子を確実に守るという気合を感じるので薫子は口出ししていない。薫子は仲良しの子達の安全が守られるならなんだっていいのである。
メリークリスマス




