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パーティーで椿がジュースをかけられて、思いっきりイラッとした薫子だったが、薫子が入学するせいで現段階では白峰学園に有栖川舞香は入学を断られていることを知って少しホッとした。
椿にこれ以上何かされてはたまらないし、次は諾子が巻き込まれる可能性だってある。身の回りにいる人間に対して意外と甘い薫子はその点だけは許せないので、絶対に椿と諾子は舞香の手から守らねばと思った。
そう思った薫子だったが、もっと過激派がいた。
椿である。
原作の椿は、両親と祖父母による厳しい躾と家を継ぐという責任に雁字搦めにされており、結果的に無表情クール系の青年へと成長したが、今の椿は穏やかで優しい少年だ。
少なくとも薫子はそう思っている。
しかし、人間には誰しもオモテの顔とウラの顔が存在する。それは椿もそうだ。
感情の消えた顔でひたすらに砂にスコップを突き刺す。
椿は単に「そう望まれているから」穏やかで優しい仮面をつけているだけである。それもこれも全ては長い黒髪、くりっとしたまあるい猫のような瞳、穏やかで優しいたった一人の少女の為である。
春宮椿という少年は、基本的に感情が希薄な人間であった。
乙女ゲームの中の椿の方が圧倒的に本来の椿の性格に近い。ゲーム内の彼は単純に感情を出さないことを求められたのをこれ幸いと、無表情キャラになっただけだが、厳しい躾のせいということになっている。
そんな彼が演じることを決めたのは至極単純で簡単な理由だ。
「一目惚れ」である。
どこをどう好きなのかは本人にも分からないが、「春宮薫子」を一目見た瞬間に彼は恋をした。運命を感じた。
そんな事と関わりがあるかは分からないが、薫子が唯一徹底的な破滅まではしないのは椿ルートだけである。
ほとんどの言葉と態度を嘘で綺麗に誤魔化している椿の本音はほぼ薫子を褒めている時くらいのものである。
「あの女」
ゴッと重い音を立ててスコップが砂に沈む。目が据わっている。
薫子に危害を加えようとしたというだけでも許し難い。
だのに、事もあろうに罪のない彼女を糾弾しようとした。
あの大人、同じ娘の筈なのに一方的に悪いと決めつけた。
許すものか、と呟く椿に誰も気がつかない。
椿は家でもよくいえば控えめで、悪くいえば目立たない子どもであった。
だからこそ誰も気がつかない。
その様子を見たところで、齢6歳の少年がそこまで重い恋心と愛情のようなものを拗らせているだなんて誰も思わないだろう。
薫子にまた何かするようなら家ごと消してしまえる方法を探さないと、なんて6歳の少年が考えているなんて思わない。
薫子本人だって、一目惚れなんていう理由で自分過激派のヤバい人間が生まれているなんて気がつかない。薫子自身は「椿さんってば優しい良い子ねぇ」とのほほんとしている。
そんな椿は母に呼ばれると機嫌が悪い事に気づかれないよう、一回目を閉じてから柔らかく微笑んだ。
「なんでしょうか?」
「制服が届きましたよ。そういえば、薫子さんが入学式で一緒に写真を撮るのを楽しみにしているそうですよ」
息子に制服が届いたことを知らせる母は、椿の顔を見て桃子がそう言っていたことを思い出して伝える。
意図せず思い出したそれで椿の機嫌はコロッと直った。
「俺も楽しみです」
心の底からの笑みを浮かべて彼は制服を見つめた。
紺色のブレザーに赤のネクタイ。紺色のクレマン帽子。
女子は赤のリボンだったか、と思いながらもその制服に袖を通した薫子を思い浮かべる。
(本当に、楽しみ)
そうして、異端児はうっそりと笑んだ。
定期的にやばい男を書いている気がする。




