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椿の独占欲は増すばかりで、薫子の知らないところで異性が近づけないように追い払っている。
薫子に訴えたところで特に不都合がないため「そう。それで?」で終わってしまう。一度兎月に「お前がそんなだから椿が調子に乗るんだぞ」と窘められた。
「別に構わなくってよ。だって、椿さんが私に不利なことをするはずがないのだもの」
花が咲くような笑顔でそんなことを言うものだから、兎月の後ろで椿はドヤ顔をしていた。
舞香の悪役令嬢とか当て馬とかいう戯言を思い出して彼はそっと溜息を吐く。これが悪役に見えるなら目が悪いし、当て馬にできるものならば見てみたい。
何時迄も椿が側にいると思うな、と言いたいところではあるが、椿が婚約者になっているらしい今の状況を考えれば一生側にいるだろうな、としか思えない。椿の執念深さを甘く見る方が間違いである。
「薫ちゃん!」
隣の教室から諾子が顔を出した。
休み時間の度にくるわけではないけれど、彼女が現れると薫子の機嫌が目に見えて良くなるのでクラスでは歓迎されている。
椿は、兎月が薫子を通じて諾子に変な虫がつかないように女子を配置して、雪哉に話を通してさらにその周囲を牽制していることを知っている。俺のことどうこう言える性格してねーだろお前は、という心境である。
恐ろしいのはその感情への自覚がほぼないことだ。これで好きじゃないなんて言ったら幼馴染権限でぶん殴るくらいは許されると思っている。
「諾子さん、もう少し薫さん以外に目を向けた方がいいですよ」
「え。今のとこ、薫ちゃん以外どーでもいいから特に目を向ける必要性そこまで感じない」
頭が痛いというような顔をする兎月を気の毒そうな顔で見る。
無自覚と無関心とか大丈夫なのかよ、と目が語っている。
今更諾子に嫉妬しても仕方がないので二人の距離感について言及する事はない。それはともかくここまでくると少し心配になったりはする。優先度は薫子が一番上であるしそれは変わる事はないが、それはそれとして諾子のことも幼馴染としては大切に思っている。
(せめて知らない間に変な男に外堀を埋められている、みたいなことがないように見といた方がいいんでしょうね。何かあると薫さんが悲しみますし)
そう考えると薫子への踏み台として狙う男や外見だけ見ている人間に比べたら、兎月は比較的マシだろう。あそこまでしておいてこれで他の人間を好きになったら逆に怖い。
「お前はアレでいいのか?」
兎月が難しい顔をしながら諾子たちを指差した。椿は、「何か問題でも?」と返す。
「あの二人の距離感は何があっても変わらないと思います。だから信用できる。俺にはデメリットとは感じられません」
「でも、…いやいい」
「あなたは、自分が最終的に諾子さんにとってどういう立ち位置でいたいかをそろそろ真剣に考えるべきですよ。でないと、どこからでも横槍は入ります」
椿の言葉に兎月は言葉を失った。
動揺する心を映すように瞳は揺らぐ。
ふと目が合った彼女が兎月を見てにっと笑う。そして焦がれるように見上げたその瞳は薫子へと向かった。
その、心を焼くような気持ちの名前を彼はまだ知らない。
現在の諾子の重要度
薫子と家族>>>春宮家、椿>友人>>>>>>>>>>その他




