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6年生になった。
学年が上がっても大きく変わらないものだなぁ、なんて薫子は呑気に構えているけれど祖父母が彼女にさせている勉強の内容は確実に難しくなっている。薫子の体は優秀なようで、それ自体はどんどん吸収していく。
それと同時に椿も同内容の学習をさせられているが、周囲は実践能力自体は彼の方が高いと考えている。
薫子は頂点に立ち続けられる性格の持ち主ではないと見られていた。
椿と諾子のためであれば多少冷酷になれるとはいえ、自分や見知らぬ部下のためにそうはなれない。それを考えれば早いうちから椿を見つけられた事は幸運であったか、と元正などは思っている。
薫子は隣で勉学に励む椿を見ながら、やはり春宮の後継者は椿なのだろうな、と考える。
(何か足りなかったのかしら?)
そんな考えが彼女の脳裏を過り、それから、自分が多くの人間を従えながらあれこれできる性質かをもう一度考えて無理だという結論を出した。きっと祖父もそのつもりなのだろうと一瞬だけその瞳を曇らせる。
その判断はある意味正しくはあるが、元正としてはあくまで椿を隣に置く事で薫子を守ろうとする意図がある。彼女は自分の隣にいる少年が未来の配偶者にと請われている事をまだ教えられてはいない。
薫子は、きっといつか幼馴染三人ともがどこかで誰かに、別々に恋をするのだろうとぼんやりと思っていて、幼馴染の一人が自分に恋愛拗らせた激重感情を抱えているなんて思いもしていない。
いつか離れてしまうだろう、とどこかで思っているからこそ甘やかして甘やかして、慈しんでいる。そういうところがあった。
だが、最近の周囲の様子に多少何かに気がついてきてはいる。
「薫さん?」
自分を呼ぶ椿の声にハッとして顔を上げると、思ったよりも近いところに彼がいた。
すぐ目の前にあるその顔に驚く。
「すみません。様子がおかしかったので心配で…近すぎましたね」
「驚いただけよ」
クスクスと笑う薫子から気まずそうに顔を逸らす。その耳は少し赤い。
やっぱりまだ可愛らしいわ、なんて薫子は思うけれど口には出さなかった。子供の成長は早い。気がついたら背が伸びて、体格が変わって、声が少し掠れてきた。きっとこのまま身体が大きくなって、声も変わっていくのだろう。
薫子自身も女性らしい体付きへと変化している。性差が出れば関係も変わっていくだろうことが寂しい、と感じていた。
それでも、可愛らしいところも残っているのだ、と思うとまだ隣で笑っていてもいいような気がした。
「笑わずとも良いではありませんか」
拗ねたようなその言葉や唇を尖らせる仕草も、薫子には少し甘えたような響きに聞こえる。
実際、薫子にしか見せないような一面ではある。
「ずっと、あなたの側に居たいがための勉学です。薫さんがお疲れならば、休んでも大丈夫ですよ」
ぱちぱちと瞳を瞬かせて、くしゃりと笑う。
いかにも可愛い子供の約束のような優しい言葉だ。
「ずっと私と一緒にいるの?」
「はい」
迷う事のない返事がこそばゆい。
普段なら未来のことなんて、と考える薫子もなんだか心がうわついて、じゃあ約束ねと小指を差し出した。
二人の楽しげな指切りの言葉が響く。
(ええ、薫さんがどんなに嫌がっても隣は俺ですからね)
薄く目を開いた椿の口元は弧を描いた。




