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テレビの特集を見て、「手作りのチョコレートって喜ばれるものなのかしら」と呟いた薫子に清子は「遂にこの日がきてしまったか」と息を呑んだ。
小学5年生の薫子は去年から少し手作りチョコレートというものが気になっていた。
前世では不運が移るなどと言われて手作りを渡す相手もいなかったし、現世では想定以上のお嬢様であったため家庭科実習以外でキッチンに立つ機会がなかった。将来的には少しずつお料理のお勉強もあるのかもしれないけれど、現状ではお料理初心者である。
「椿さんと諾子さんが欲しいって言っていたのだけれど、市販の物の方が美味しいのではない?」
その言葉に、椿たちの意思が入っていた事を知って苦笑する。清子は「何事も気持ち次第ですよ、お嬢様」と言ったが薫子は不思議そうに首を傾げていた。自分の手作りのものの価値なんて興味がないし、そこまで自分に価値を見出していない。だからか、祖父が嬉しそうに薫子の作った湯呑みを愛用している事もそこまで気にしていない。
「少なくとも、そのお二人や元正様、桃子様は薫子様のことを非常に大切に思っておられるのでお喜びになると思いますよ」
清子の言葉に、そういうことであればと初心者用のレシピ本を購入することに決めた。それと同時に清子は薫子用のお料理道具一式とエプロンを用意する。
そして、バレンタイン前日に材料を目の前にエプロン姿の薫子が腰に手を当てた。
「おじいさまとおばあさま、椿さんと諾子さんと清子さん用にココアクッキーを作成します」
失敗しにくく、可愛いお菓子のレシピを探した結果、そこにたどり着いたらしい。
タブレットで電子書籍のレシピを出して、手を洗い、慎重に分量を測る。
後ろに立つ使用人はハラハラとしながら見守っているが、集中力もあってか今のところ順調である。
オーブンを扱うのは許可が出なかったため、調理を担当している人にやってもらう。
「本当に喜んでいただけるのかしら?」
少しだけ不安そうな顔をする薫子だけど、全く心配はない。薫子は集中していて気がつかなかったが、そもそも全員がドキドキしながら様子を見にきていた。
はじめての割に上手くできたそれは、冷ました後に簡単にラッピングができるように購入した可愛らしい袋に入れて、リボンをかける。
「できた」
翌日のバレンタインに渡そうと思ったが、椿も諾子も来ているということでその日のうちに渡すことにした。
ドキドキしながら渡すと、諾子は「ありがとう!」と満面の笑みで薫子に抱きつく。
「ありがとうございます。一生残せるように保存方法を調べますね」
「いえ、食べて欲しいのだけれど」
椿の言葉に困惑しながら、それでも喜んでもらえたことが嬉しくて、とても綺麗に彼女は微笑んだ。
薫子が食べて欲しいって言ったから、彼はしっかり完食した。




