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薫子と椿のことがあった結果、警戒もあってか表向きだけでも周囲は落ち着いた。
それに伴って、紗也はようやく一息つくことができた。もう懲り懲りである。しかしながら、すれ違った拍子に椿からは「次回があればまた…、お願いしますね?」とある種の死刑宣告をされている。
もう何もないことを祈るのみだ。本当に怖いのは薫子ではない。
「はるのみや、ちかづかない。おぼえた」
近づかないのは大切だけれど、今の彼女はもう一つ大切なことも知っている。
情報収集を怠らないことだ。
薫子に何かあれば、彼女が何も思わずとも椿が潰しにかかるだろう。普通に怖い。
そういうわけで、結果的に紗也はそっと葉月に近づいて頼み込んだ。
「お願い、薫子様案件の女子騒動があったら教えて!」
「……え?」
「何かあればわわわわたしが酷い目に」
カタカタと震える紗也が気の毒で葉月は頷いた。顔色だって真っ青だった。
椿の容赦のなさは知っている。
「放置していても良かったんじゃないの?」
不思議そうな顔で尋ねる諒太に葉月は苦笑いする。諒太は葉月には優しいが、基本的に女子には当たりが強い。
過去云々もあるが、少し前までの彼の家は母親と祖母の対立で荒れていた。その上での見合い攻撃と学園での突撃。完全に周囲のせいでそうなっている。
「椿くんの威圧に勝てる人って少ないから…」
「優しいね」
そう言って微笑む諒太を見ながら、朔夜は感覚おかしくなってるなーと遠い目をした。なんやかんや何かやらかすまでは大目に見ていることを知っている今、塩対応は各々の責任である。対女子でいうと一年生からずっと薫子の側でぽやぽやしている葉月以外は笑顔を見られない。
(常に笑って対応している僕とはレア度が違うって椿くんとか諒太が笑うと狂う人間、一定数いるんだよな)
「これで付き合ってないのすごいな」
八雲の素直な感想に兎月も頷く。
それと同時に兎月は「家柄的に付き合うとかそう簡単に言えないしな」と呟いた。
「大変だな。異常な金持ちって」
「いやほんと……」
秋月家は現在、普通にお金持ちの家になっている。
それはそれとして、貧乏時代に手のひらを返してきた人間たちがまた擦り寄ってくるようになった。以前より近づきやすい人間と認識して。
逆に秋月家は笑顔で対応しながらも「やばいな、あの家」とか「あそこの娘さん、あからさま過ぎてこわいわ」とか戦々恐々しながらこっそり継続して春宮と関わりつつ対応方法を学んでいる。
なお、八雲の父は冬河の家の重役をしている。社長令息とかではないのでそこまで狙われていないが、知る人は彼の母が大物政治家の娘だと知っている。
「来年の修学旅行までは少なくとも大人しくしててくれればいいなー」
「それなー!」
遠い目をする二人を尻目に、兎月はそろそろ薫子と共謀して諾子の周囲ももう少し固めとかないとな、なんて考える。
薫子第一主義は別にいいけれど、それで彼女に何かあっては気分が悪い、なんて思いながら。




