65
雪哉おこ
最近、少しだけ椿の機嫌がいい気がする。仲良しの子が楽しそうで嬉しい薫子はそれを見ながらにこにことしていた。
なお、椿の父親の予想通り、元正は薫子に椿について尋ねたのみで全く婚約その他のことを話していない。若干、話したつもりになっている。
初めからそのつもりで接しているため、薫子が変わりなくとも傷つくことなく、椿は薫子のために一層努力を重ねていた。
そして、親世代は周囲のしつこさにキレてサクッと親族内で婚約が決まってしまった好物件に頭を抱えていた。息子を持つ親は「諦めろ」というしかない。ここで更にちょっかいを出そうものならば更に怒らせて今度は仕事に響く。
頭を抱える人間を尻目に、「やっぱりな」と感じる人間もいる。
黒崎家などはその部類に入る。周囲に婉曲的にではあるが、縁を結びたいならあんまり刺激しない方が、と言っていたが基本的に聞く人間はいなかった。薫子の身の安全を考えればそりゃそうなるよなとしか言いようがない。
「葉月も危ないかもしれんな」
「あの子もいい加減ふわっとしているものね」
薫子の枠が埋まったのであれば次は距離の近い友人に向かう事は想像ができる。柏木は春宮と非常に近いし、黒崎の方は家柄が良かった。
理人は少しだけ考え込んでから、警備を固める決断をした。たしかに椿は薫子を裏切らないだろう。何があっても一番に彼女のことを考える少年だ。しかし、葉月にとってのそういった男の子は現状該当者がいない。無理に押し付けても、大人しい葉月に何を言われるかわからない状況では決めかねる。
そして、諦めなさいと言われた側の雪哉は「どいつもこいつも余計なことしやがって!!」とキレていた。机に一回、拳を打ち付ける。ガタン、と鈍い音がした。
「そりゃ、あいつはホワホワしてるから手ぇ出せないようにしとくべきだよな!!でも、こんなに早く決まる予定じゃなかったはずだ。どうせ四季神とかその他大勢のバカだろ!!二回り上のロリコンジジイが狙ってたの知ってんだからなァ!!?」
息子のガチギレと意外に情報通だったところを見ながら、雪哉も成長してるんだなぁとうっかり現実逃避してしまった菊乃。
「ロリコンなんてどこで覚えてきたのかしら」
思わず呟いた言葉に執事は「そこではないでしょう、お嬢様」と返す。菊乃を小さな頃から知る老執事にとっては未だ彼女はお嬢様だ。
ちなみに、そういう言葉は薫子近辺にいたらなんとなく耳にする。警備に阻まれてはいるが、そこそこの頻度でヤバいのに目をつけられていた。
「同じクラスにすら!なれないうちに!!これ!!」
自らに執着する薫子のせいで孤独感を持ち、氷の皇帝などと言われるはずだったパッケージ中央メインヒーローの青年の面影は現状の雪哉にはない。一人の感情豊かな少年である。
「絶対許さんからな四季神!!」
それと同時に薫子に逃した魚は大きかったと後悔させてやる、と彼は闘志を燃やす。
四季神への感情で雪哉と同じものを持った人間はそれなりに増えた。そして、厄介勢に対しても。
彼らは順調にヘイトを溜めていた。




