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林間学校を終えて家に帰ると、祖父母に迎え入れられた。二日目のレクリエーションで出した絵葉書は届いたらしい。とは言え、絵は綺麗に押してあるスタンプである。
その日の夜、彼女は元正に「随分と気に入っているようだが椿は好きか?」と問いを投げかけられる。
「はい」
迷うことなくいつも通りにほわっと微笑みながら返事をした薫子に、元正は頷いた。
この瞬間、二人の未来ががっちり決まったことなど彼女は知る由もなかったりする。薫子に現在そういう意図は全くない。
薫子を後継としておくことに反対しつつ、その資産を掠め取ろうとする親類はそう多くもないけれどいるにはいる。そして、薫子の隣に自分の手のものを置いて乗っ取ろうと考えるものも。
(まぁ、些か過保護ではあるが飛び抜けて優秀だし、何より薫子に悪くはしないだろう)
薫子と一緒に学んできた勉学の内容をきっちり修めているのだから、いきなり追加であれこれと学ばせる必要もない。薫子と同じように同じだけ学ばせれば良い。
薫子を一番にと洗脳のような教育をせずとも彼の不動の一番は薫子であると、見ていればすぐにわかるというところも非常に良い。
というのも、薫子が林間学校に行っている間に四季神やら親族がやたらうるさくそろそろ婚約者を決めてもとか言い出したのだ。四季神には「関係性を考えろ。流石にそちらだけには嫁がせられない」と返しているが話が通じない。血は繋がっておらずとも、普通は考えないし止めるのではないかと溜息を吐いた。
親族はそれぞれ、自分の都合の良いものを推してくる。それはいつものことだが、二回り以上年齢が上の男を推してきた親族にはゾッとした。今後の付き合いを考えようと思っている。
早めに考えておく必要があると考えたのはそのためだ。薫子が美しいからこその心配もそれなりにあるのだ。妙なことを考える人間は絶対にいる。それを考えても信頼できる人間を確保しておくことは悪いことではないと考えた。
もし急に自分たちが居なくなっても、藤孝たちであれば本家の娘というだけではなく、椿の嫁として、もう一人の娘として、薫子を大切にしてくれるだろう。
元正たちはまだ元気ではあるが、年齢を考えれば確実に薫子たちより早くこの世を去る。どこか抜けたところもある孫娘を心配する気持ちが強い。
「おじいさま?」
「どうした、薫子」
「いえ、怖い顔をしていらしたから」
首を少しだけ傾けて「おじいさまのことも好きよ」という薫子の頭を撫でる。
ちょっとだけ普通に嫁にやりたくないな、と思った。
一方で、その件について打診のあった椿は頭上でリンゴーンと鐘の鳴るような音が聞こえた気がした。
それと同時にやらかしてんな、親族という感想も持つ。
気持ちが伝わったのか、と思っている椿の隣で、藤孝が「伯父さん、多分薫子さんに婚約までは話していない気がするな」とぼやいた。
「え」
「御当主様は家族のことになるとポンコツになる時がありますものね」
両親の言葉に椿の表情がかげる。
「多分、乗っ取りとかよりも薫子さんが傷つきかねない結婚を危惧なさったのでしょうね」
その点、おそらく椿の薫子好きは信用ができると思われている。
両親に「ちゃんと薫子さんの気持ちを大事にするんだぞ」と言われて頷く。
言われずとも、何があろうと椿の一番大切なお姫様だ。大切にしないという選択肢がない。
そうして、薫子が全く知らないまま話は進んでいくのだった。
やったね椿くん




