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ホテルへと戻った薫子たちはお風呂に入り、その後に夕食というスケジュールになっていた。
薫子が部屋でドライヤーを使っていると、あかりが飲み物を用意したり、静香が後ろで風の当たっていないところをタオルで拭いていたりしていて非常に困惑する。
一旦、ドライヤーを止めて「やらなくてもいい」と言おうとしたら「薫子様、時間なくなっちゃいますよ!!」と梓に続きをやるように促されてしまった。
なお、濡れた髪と火照った顔で外に出すのが危険という三人娘全員の判断である。
薫子が終わると、三人も手早く準備を終わらせた。薫子はやってもらったから手伝いたかったが、全員に「薫子様は大人しく座っててください!!」と言われてしょんぼり座る羽目になった。
葉月は自分で慎重に準備をして薫子の隣に座っている。
「私、そんなにのんびりしているかしら」
戸惑うように尋ねられて、葉月は曖昧に笑顔を作った。
別にのんびりしているわけではなくて、彼女には危機意識が足りないので他の人間が必死になっているだけだ。だが、本人にそんなものを見せたくない、知らせたくない。そんな色んな人の色んなわがままと、いつまでもぽややんとしていて欲しいという願いという名の欲望の元、こうなっている。
何というべきか分からなかった。
なお、夕食時に湯上がりで色気の増した薫子を見る事を楽しみにしていた一部男子は完全に身支度が整った彼女にちょっぴり落ち込んだ。
「使えますね」
「その評価、どうなんだ…?」
その様子を見ながら呟いた椿の一言に兎月がツッコミを入れた。同級生だぞ、相手は。そう目が語っている。
「すみません。俺は薫さんの役に立つかそうでないかでしか人間を把握できなくて……」
「しおらしい顔作ってるけどセリフが最悪すぎる……」
薫子ってこんなん抱えて可哀想だなーと思う反面、ここまでの感情を抱える人間がそばにいた方が平穏に生きられるのではないか、とも考える。
「椅子取りゲームはもう始まっていますからね」
言外に他人に配慮なんてしていられるか、という本音が見える。
薫子は優秀だ。しかし、当主として彼女を据える事を考えると薫子は自分が無い事がネックとなる。その実権を持つのは薫子の伴侶だろうと囁かれ始めている。
「薫子は知らないんだったか」
「ええ」
薫子は祖父に言われれば、その相手と簡単に結婚してしまうだろう。その事を思うと少し腹が立つ。
椿の大好きな女の子は、自分自身のことはどうだっていいのだ。椿や諾子のことは大事に思っているのに。
だからこそ、彼女の祖父母は婿選びについてまだ何も言っていない。誰を選んでも大人しくその人間と一緒に生きるだろうと理解している。いっその事、あのいつかの少女や桜子のようにわがままであってくれればよかった。そうすればこんなにも狙われずに済んだのだ。
黙って従う、美しい人形を求めているという時点で多くは弾かれるだろう。しかし、それを悟らせず近づく人間だっているに決まっている。
だからこそ周囲を信頼できる者で固めなければ。
どんなものより強固に。
彼女自身にも気付かれず、何人にも傷つけられることがないよう、守らなければ。
目の前で楽しそうに友人と食卓を囲む少女を見つめながら椿はそう考える。
それを見ながら兎月は、諾子へと目線を移した。
兎月からすれば、椿は自分の欲望に忠実な分まだマシだ。だが、諾子は違う。最終的には何もかもを利用して尽くすタイプに見えた。
「お前ら、全員めんどくさい」
「は?」
突如、そんな事を言われた椿は人の良さそうな笑顔でドスの利いた声を出した。兎月は一回薫子にバレればいいのになと心の底から思った。