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容姿だけは抜群に良い両親の血を受け継ぐだけあって、薫子は年齢を重ねる毎に美しく成長している。椿や諾子が年々心配性を拗らせていくのはそういった事も原因である。
学園内の異性だけではなく、偶々通りかかって彼女を見ただけの男が薫子のストーカーになりかけたことも数度あった。
その状況だけでも春宮薫子がもし今の薫子でなければ、精神的に辛くなってしまっても仕方のないことだったと思えてしまう。
薫子自身は「まだ子どもだから、そこまで心配しなくっても」なんて思っていても椿はガンガン異性を追い払いにかかっている。椿以外でいうと兎月もである。兎月は「こうやって人間って狂うのか」とある種感心もしていた。
そんなわけで、三人娘はしっかりと椿のそばに薫子を追いやってその後ろからゆっくりと歩く。もう大丈夫これで安心と表情がそう言っている様だ。
せっかくの沢歩きだ。気軽にやりたい。
「椿さんもお友達と一緒の方が楽しいのではない?」
「大丈夫ですよ。彼らもきっと……薫さんの付き添いを光栄に思っているはずです」
振り返って「ね?」と微笑みながら首を傾げる椿だけれど、その瞳はまるで笑ってはいない。答えが許されるのは「YES」か「はい」である。
「何にしても、視線がキッツい。…キツくない?」
「いやぁ、僕たちすっごい睨まれてるよね」
数名の同性の目線がこちらに向いているのを確認して八雲と朔夜は溜息を吐いた。
その視線が薫子の周りを強化しているなんて知りもしないだろう。
小石を軽く蹴飛ばすと、水が飛んだ。
「つめた」
「悪い、夏目」
「あはは、ワザとじゃないならいいよ」
八雲にそう言って苦笑し、諒太は転びそうになっていた葉月の手を取った。
「ご、ごめんなさい」
「足元に気をつけて。掴まっていた方が歩きやすいなら手を繋いで歩く?」
「いえ、だいじょうぶです」
恥ずかしそうに赤くなった頬を覆う葉月。それを見つめる諒太の視線はどこか優しい。
八雲はそれを見ながら小さな声で「ロマンスか?」と呟いた。朔夜は「まだそこまでではない感じするけどなー」とのんびりと返す。
諒太の女嫌いは母親と祖母との関係や学校生活のせいで意外と根が深くなりつつあった。薫子・諾子・葉月などは普通に関わってくれていて、特にヒステリックに叫んだり、怒鳴ったりする性格ではないので平気だけれど、見知らぬ女性などは鳥肌が立つ。
それを知っているだけにちょっとだけ、恋であるならばそれはそれで良いのに、と思ってしまう。
「そういや、秋月は意外と女子平気なのか?」
「まぁ、諒太よりはね。僕、今のここまでの状況は好ましくないけどちやほやされるの自体は嫌いじゃないから」
「顔の割に図太いな、お前」
「僕の顔はお金になるレベルだからね」
実は偶然モデルとしてスカウトされ、そのまま雑誌等に引っ張りだこになっている。彼の周囲が騒がしいのはそういった理由もある。中等部に上がればより喧騒は増すであろう。
「繊細さは順次捨てています!あんまり考えると胃が痛いから!!」
家も盛り返してきているし、家族仲も最近では良好だ。原作よりもだいぶ明るくなり、繊細で甘やかな顔立ちの彼は、その分図太く生きていた。
ゲーム朔夜は奴隷根性染み付いた根暗で気弱な青年だったけど、特に虐められたりしてないので少し呑気。
かつ、「あなただけが知る繊細で臆病な彼の素顔…♡」みたいなセールスポイントは消えた。若干チャラい。




