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薫子の手足になって色々やりたい人間は男女問わずそれなりにいる。
その目を向けられたいと、あわよくば笑顔を見たいと彼らはいそいそと動く。そして、彼女が「よろしくはない」と口に出した人間たちを監視するような目で見ていた。
(ご自分の影響力を考えない方ですからね)
そんなことを考えながら通路を挟んで隣に座る薫子を盗み見ると、ふと目があった。
椿にはいつも笑顔を向ける薫子に彼もまた、愛しいと語るような蕩けるような笑顔を向ける。その笑顔は薫子限定のもので、ほかの人には向けられることがない。
「薫子様!トランプします?」
「椿様も混ざります?」
「ババ抜きで良いですか?」
三人娘がひょこひょこと後ろの席から顔を出した。苦笑する葉月の手には既に配ろうとしていたトランプが握られている。
一人目、眼鏡をかけた少女が清水あかり。
二人目、三つ編みの少女が早川静香。
三人目、ボブヘアにリボンがついたカチューシャをかけた少女が海野梓である。
三人はみんな上の姉とか兄の影響でアニメとかが大好きなグループである。三人三様に影響を受けているが、基本的にはひっそりと大人しくしている。
そのせいで薫子にこっちにおいでと班を組まれてしまったのだが。
「俺は遠慮します」
その返事に「わかりました」と告げてカードを配り出す。
椿は椿で「大富豪やろうぜ」と同じ班の兎月に誘われてこちらも断ろうとしたが無理矢理参加させられた。
バスが現地に着くと、昼食の時間になる。
林間学校の内容はホテルに泊まりつつハイキングや体験学習をするといったものだ。
初日の昼はお弁当である。基本的に野外で食事をすることなんて家が主催のガーデンパーティーくらいだったので、久しぶりだなぁとのんびり構えている薫子だった。
清子が用意した色鮮やかなお弁当。中身は諾子も同じだったりする。諾子の「私だけ違うクラスだからその前にお泊まり会したい!」というおねだりが通った結果、清子が用意してくれた。椿はもう流石に参加させてもらえなかったが、夜までは一緒にいたりする。
「この後チェックインでしたね」
部屋に荷物を置いてから、沢歩きである。
各々、体操服に着替えて必要なものをリュックに詰めて出発になる。
「そうね。転ばないように気をつけて歩かないと」
そう言う薫子だが、意外とどころか普通にのんびりうっかりしたところがある。
そして、近くにいるのが諾子ならともかくとして、葉月も運動関係は洒落にならない鈍臭さである。
「あずちゃん、しずちゃん」
「うん。あーちゃんの言わんとすること超わかる」
あかりの視線の先にいる、ほわほわふわふわしたお嬢様二人組。
怪我をさせないよう、そしてそれなりに女子が多い方向か椿たちの近くで移動しなければと三人はアイコンタクトを取って頷いた。
「滅多なことする方々じゃないけど、過激派怖いものね」
「椿様が近くでお守りしている可能性が高いから大丈夫でしょうけど」
薫子達というよりも、最近熱気を増した薫子に媚を売っておきたい男子達が怖かったりもする。薫子が美しく成長するにつれてその目は増えていっている。




