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小学校の受験なんて初めての薫子は、それでも落ち着いて受け答えを行い、静かに試験を受けて翌月に合格の通知をもらった。
それと同時に、これから薫子の「御学友」になる二人を紹介される。
「春宮椿です」
「柏木諾子でーす!」
薫子はまさかの攻略対象、椿の出現に少し驚いたが、元々はとこだという設定であるし年齢も一緒である。一緒にいるのに不都合もないだろう、と思うことにした。これで薫子の会っていない攻略対象は隠しキャラを含めてあと二人となる。
諾子のことはわからないが、明るい子だということはわかる。
御学友だなんて言っているが、要するに側近として扱き使っても良い、という二人の家からの貢物であり生贄である。ゲームの薫子や椿にも居たのだろうか、と首を捻るものの、そこまで詳しく周囲の関係性を描いていた記憶もない。
椿の両親は桜子のことを知っているので、薫子に息子を差し出すのを渋っていたらしいのだが、薫子本人の様子を見て椿をよこしてきた。
跡継ぎでなく、両親から普通に愛されて育てられた椿は、ゲームのような感情の起伏に乏しいクール系ではなくそれこそ春の日差しのような優しい雰囲気を纏う少年だった。
諾子は逆に「薫子様を見習ってお淑やかさを身に付けてこい!」と言われて薫子のところへ来たのだが、本人にそのつもりはない。薫子に会った時、あまりの美少女っぷりに一瞬面食らってしまった彼女だが、薫子のことが幸せには見えなかった。一方で嫌いにはなれない。
薫子も明るく元気な諾子とはタイプが真逆なのだが、その存在は不思議と気にならず気がつけば一緒にいるようになった。薫子が口を出すときは危ないときだけなので諾子は大人しく言う事を聞いている。
入学前に冬河家から招待されたパーティーに出るために、祖父母は薫子に着物を用意した。桜の柄が見事な華やかな振袖を薫子は「悪役令嬢が桜とか似合わないのでは?」と危惧したが、薫子の長く綺麗な黒髪とゲームよりも優しげとなった丸い瞳を清楚に見せた。元々、美しい容姿をしている薫子は中身が違うこともあってかかなり印象が違う。
「薫さん、お似合いですよ」
「薫ちゃんってばなんでも似合っちゃうよねー!!いいなー」
にこにこと薫子を褒める椿と諾子。
三人は大人たちの思惑通りに良い関係を築き始めていた。諾子の親だけは「もう少しお淑やかに!」と言っているが。
それでも良き友人として歩み始めた彼らに薫子の祖父母はホッとしたような顔をした。
照れたように笑む薫子は、祖父母が見る限りようやく感情が表に出るようになってきた。それまではわかったとしても諦めや寂しさを感じさせていた孫娘だったが、養子になったことで肩の荷が降りたようにすら思える。
実際に、薫子は祖父母の養子に入ったことで気が楽になった。
これで自分に微塵も興味もない大人の気を引こうと精神を削っていく必要はないし破滅フラグが少し折れた気がする、と喜んでもいる。
それに友人として紹介された椿と諾子も薫子の精神状態に良い影響を与えていた。
広く浅く知り合いを作っていた薫子だったが、仲の良い人間が現れたことで少し息がしやすくなった。
(原作の薫子にはきっと、そういう人が現れなかったのね)
寂しがりやの少女がそんな状況に追い込まれて、平静でいられるはずもなかったのだ。
薫子はなんとなくどうにかなったけれど、何も知らない、愛され方すらわからない女の子がこんな環境で味方を作るなんて至難の業だっただろう。
「薫さん?」
「なぁに、椿さん」
「……ううん、なんでもありませんよ」
椿には、一瞬薫子が泣いているように見えた。
彼の友人となった優しく穏やかな親戚の女の子は、触れると壊れてしまいそうな怖さがあった。
そっと手を取ると、薫子は不思議そうにきょとんとする。
「椿さん?」
名前を呼ばれた椿はそっと微笑んだ。
諾子も「ズルいー!私も薫ちゃんといっしょ!!」ともう片方の腕に抱きついた。
そして幸せそうに笑う薫子を見て、諾子も悪戯が成功したようににんまりと笑った。
穏やかに見えて実は割とはしゃいでいる椿。
椿と諾子が「薫」呼びなのは単に二人が呼びやすいように呼んでいるだけ。諾子に関しては「かおちゃん」とも呼ぶ時がある。