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夏が来るたびに兎月は思い出すだろう。
倒れたあの日を。
暑い日は苦手だ、と夏休み前に教室から外を眺めて思う。いっそ永遠に冬であればいいのに。
夏に外に出ると、“熱い”とか“苦しい“という感覚で動悸がする。
わざわざ、何もないところで車から降ろした舞香を今でも忌々しく思う。それと同時に、あそこで薫子に見つけてもらえなかったらしばらくあのままだったのかと思うとゾッとした。
夏休みは海外へ行くと楽しそうに話すクラスメイトを見ながら、「俺は無理だなぁ」とぼんやり考える。湿気が少なければまだマシなのかもしれないが、それを調べるために身体を張りたくはなかった。
「兎月さん」
「何、椿」
「夏季の花の会、欠席で構いませんか」
そう問われて頷くと、椿は「差し出がましいようですが」と続ける。
言うかどうかを躊躇うように視線を彷徨わせてから溜息を吐いた。
「リカバリーのきく年齢のうちに、医師やご両親と相談の上で徐々に身体を慣らしていく事をお勧めします」
「理由は」
「薫さんに心配をかけないでください」
非常に分かりやすい本音に兎月は思わず笑った。椿はそれを怪訝な目で見つめる。
「まぁ、そうだよな。薫子さんはちょっと人が良すぎる」
自分の事を思い遣らない割に。
その言葉を呑み込んで椿と顔を合わせると、不服だとばっちり分かる顔をしていた。椿が“理想の王子様”なのは薫子の目の前だけだと再認識をして“敵わないなぁ”と小さくつぶやいた。
「相談はしてみるよ」
「ええ。それと」
続けて言われた言葉に口角を上げて「そう」と返した。
去っていく兎月を見ながら椿は伝えた事が正解なのかを少しだけ考えて、関係ないと切り捨てた。
いつだって椿の世界は薫子の笑顔を一番大切なものとして構築されている。薫子の笑顔が無くなるような懸案事項は早期に無くなった方がいいに決まっている。
(有栖川の凋落なんて薫子さんは興味ないだろうし)
今更縋ってくるというのは困る。
春宮も周囲を警戒しているけれど、その網を抜けてくる可能性も否定はできない。腐っても“父親”だ。
あの舞香という無礼な少女のことも、薫子は気にしていないが、あんなものを近づけたくはない。血が繋がっている、という事実すら本当か疑わしい。




