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薫子は困っていた。薫子に土下座されたところで何にもならない。

薫子に土下座するくらいなら祖父母にした方がいい。権力者は幼女ではない。


攻略対象の一人、秋月(あきづき)朔夜(さくや)は乙女ゲームにて薫子に下僕のように扱われていた。それは秋月家が破産しかけたところを薫子の取りなしで春宮が助けたことに起因する。今の薫子は男の子を下僕のように扱う趣味はないし、八つ当たりをしなくてはいけないほど荒んでいない。その前に諦めが前に出る。


祖父母が薫子の取りなしで助けているところから、その頃は恐らくまだ薫子の精神状態が少し安定していたのだろうと今の薫子は考えたりもする。が、乙女ゲー時空と違って今の薫子にはそんな優しさはないし、困惑しかしていない。そういうのは大人が決めることである。少なくとも薫子はそれが常識だと認識している。


振り返って清子を見ると、忌々しげな顔をしていた。そういえば秋月夫婦は薫子の事を捨てられた子供扱いしていたのだったか、と思い出してすぐに記憶から消した。それは薫子にとって事実である反面、祖父母との生活を楽しんでいる薫子にとっては本当にどうでもいい話であるからだ。むしろ、愛人というか父の好きな相手とその子どもと生活する針の筵のような生活や、母とその愛人(今は夫か)に要らない子扱いを受ける生活をするかよりは断然マシである。迎えになど絶対に来てほしくない。


事態に困惑していると、扉が開いて厳しい顔をした祖父が姿を現した。

孫娘の姿を見ると、少しだけ柔らかい表情になる。



「薫子には面白くなかろう。こちらに案内させた使用人の不手際だ。清子さんとおばあさまのところへ行きなさい」

「はい、おじいさま」



いきなり現れた秋月家に困惑していた薫子はホッとしながら立ち上がった。秋月家は薫子と朔夜が仲が良いと無理矢理入り込んでいたため不手際があるとしたら警備の人間がいなかった、くらいだろうか。一応防犯システムには加入しているが、常時在駐はしていない。

また、実際に薫子には幼稚園での友人がそれなりに多いため、友人だと言われると清子以外の使用人では判別も付きにくい。


捨てられたような顔をする朔夜と一瞬目が合った薫子は「これで恨まれるのも嫌よねぇ」と考えて振り返る。



「おじいさま、さくやくんもつれていって、いいですか?」

「ああ。大人同士の会話などつまらんだろうしな」



手を差し出すと、彼は嬉しそうにその手を取った。この時の彼は両親に薫子に気に入られるようにと言い聞かせられていた。秋月夫婦は薫子を捨て子と馬鹿にしながらも、春宮の当主が孫を溺愛し始めたと聞いてチャンスだとも思っていた。朔夜は親の贔屓目なしに非常に容貌の優れた少年だった。所詮桜子の子供と薫子を侮る二人は、子供をきっかけに春宮から金を引き出したかった。また、何かのきっかけで恋愛に発展すれば乗っ取りも、なんて考えてもいる。


そんな薫子の我が儘で春宮家の当主に助けをとりなしてくれればと期待をかけていた二人は、薫子が朔夜を連れていった事で破顔する。


しかし、意図を察した冷たい目で彼らを見下ろす春宮(はるのみや)元正(げんしょう)の目に竦む。



「薫子はあの馬鹿娘と違って少しは賢い故な、己の結婚に関しては全て(わし)と妻に任せると言うておるのよ」



薫子は、薫子となる前の人生でうっかり結婚詐欺に引っかかってしまったことがあったため、自分の男性を見る目を全く信用していなかった。なので、祖父母に愛されていることを知るやいなや大量に送られてきている婚約の希望を見ながら内心苦笑しつつ、「おじいさまがきめたひととけっこんします」と告げた。

とはいえ、跡継ぎとして目されているのでこのままではいけないことも分かっている。それでも、人を見る目があるパートナーが必要かもしれないと薫子は考えているところだ。男女平等を謳ったところで世間が独身者、特に女性に厳しいことは分かっている。ましてや跡取りになるのならば当たりはより強くなるだろう。


薫子の腹違いの姉であるヒロインの少女に籠絡される危険のある少年は薫子にとっては恋愛守備範囲外であるし、孫娘を溺愛し始めている祖父母は立て直せるかも分からない家の少年をわざわざ取り立てる必要を感じなかった。

薫子を舐めてかかっているあたりも低評価である。


彼らはたっぷりと元正に絞られて帰ることになる。


一方で、薫子は呑気に本を読みながらのティータイムを過ごしていた。

所在なさげな朔夜はただ静かに薫子の隣で座る。ゆっくりとページを捲る音に耳を傾けるとなんだか眠くなってきて、仲のいい少年が言っていた事を思い出す。



(りょうがいってた、おちつくってこういうことかな)



彼らの保護者が見にきた頃には、スゥスゥと寝息を立てる朔夜と、それにブランケットをかけてあげる薫子という状態だった。



「薫子お嬢様はお優しくていらっしゃる…」



秋月家の所業に耐えつつも、罪のない子息へ優しく接してあげていると思っている清子は涙ぐんでそう言う。薫子は確かに幼稚園児だが、中身は成人女性である。前世では夫も子供もいなかったので母親…とまではいかないが、姉とかおばのような感覚はある。自分と現在同い年である小さい子にそれなりに優しく接するのはその辺りが関係している。


そのため、本人は当然の事をしているとしか思っていなかったので、よく分からないままそんな反応をする清子を見ていた。

何かすれ違いがある気はするけれど、害はなさそうだったのでいいか、と思うことにしたのだった。

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