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3学期が終わり、春休みとなる。
薫子の目の前にはどっさり見合い写真が積み重なっており、さらにその向こうでは桃子が親戚と怒鳴り合っていた。ありのまま言うと地獄である。
親戚曰く、「桜子さんの二の舞を避けるためにもさっさと婚約させて身を固めておく方が良い」。
母のその放蕩ぶりがわずか7歳で自分に影響を与えるなんて思っても見なくて眉を顰めた。こういう話がくるのは早くて高校生くらいかと思っていた。
しれっと四季神家の円まで入っている。
(兄嫁の娘に釣書送るってなかなか理解できない神経をしているわねぇ)
というか、血は繋がっていないとはいえ彼の兄と薫子の母は現状夫婦である。しかも略奪愛と言って差し支えないものだ。
複雑な間柄である以上普通なら自分を望もうとはしないだろう、と考えて溜息を吐いた。普通ではないのでこうやって見合い写真が手元にある。
四季神円の周囲は誰も止めなかったのだろうか。
「余計な世話です。大体、こんな幼い時分から見合いをさせて相手が将来おかしな人間になった時はどうするつもりですか」
桃子の目は厳しい。
それもそのはずである。
このお見合いおばさまの娘はそれでDV男と結婚し、心身を壊して出戻ってきた。おそらくもう以前のようには戻れないだろうと言われている。
もちろん、彼女のおかげで良縁に恵まれた人間もそれなりにいる。けれど、そんな賭け事を孫娘にさせたいとは思わない。
「どうしても今、というのであれば椿さんがいます」
桃子のその言葉に「確かにそうねぇ」と薫子は頷いた。
現状、顔・家柄・学力・性格その他諸々問題ない上に春宮家の都合が良いように育てられるのだからわざわざ他から持ってくる意味はない。椿と薫子は再従兄弟だ。親族とはいえ、血はそう近くない。
椿は過保護ではあるが薫子を大事にしている。未来にどうなるかはわからないが、得体の知れない人間と約束させられるくらいならコントロール可能な身内を選びたいと思うのは仕方のないことだろう。
(椿さんには申し訳ないけれど)
実際に彼が聞いたら飛び上がって喜ぶだろうが、彼女はそんなことに思い至ってはいない。
「ですけど!」
引き下がらないガッツに慄きながら何故そんなに縁談を押し込みたいのかとドン引きしていると、襖が開いて愛らしい笑顔がひょっこりと出てきた。蘇芳色の瞳は見る角度によって赤くも見える。
「薫さんはこちらにいると聞いてきたのですが」
柔らかな声音に薫子は「どうかしたの?椿さん」と笑顔を見せた。そんな時に「私もいるよー!」と諾子も顔を出す。
桃子に送り出された薫子は、縋るような数名の親戚の目を一瞥もしないまま3人で部屋を出て行った。
清子が彼女たちの退出に合わせて襖を閉めると、桃子は音を立てて扇を開いた。そっと口元を隠す彼女のその瞳は冷たく輝いて見える。
「それでは、どんな風に追い立てられて私たちの孫に手を出そうとしたか…話していただきましょうか」
声に出さずに「鼠どもが」と内心で毒吐くと、目の前の親戚たちはそっと目を逸らした。
桜子を言い訳になにを吹き込まれたかは知っておく必要がある。話さないのなら周辺を探ればいいだけだ。
(柏木に頼んでおくべきかしらね)
元正への報告内容を考えながら桃子は今日押しかけてきた親類の顔を見て、優美に、しかして恐怖を覚える、そんな笑みを作って見せた。




