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有栖川舞香はバレンタインデーには白峰学園に向かって、自分に好意を寄せている(はず)の椿にチョコレートを渡そうと思っていた。
ところが、兎月に見つかって連れ戻された。
(たかがサポートキャラクターのくせに生意気過ぎない!?)
行っても門前払いされるだけの話なのだが、彼女はそこには思い至らない。
兎月はそれを見ながら溜息を吐いた。
「お前に睨まれても怖くないんだけどさ。一応言っておくとこれって俺の親切だぞ。春宮からガンガン抗議文きてるの聞いてないの?」
薫子もたしかに愛されているが、椿だって元正の弟の孫である。それなりに可愛がられている。春宮家がガチギレするのもやむなしだった。
しかも、彼女は非常にしつこく付き纏いをしている。薫子に危害が及んでいないから辛うじて春宮は踏み込んでこないが、このままだと危うい。
すでに有栖川の祖父は郁人に見切りをつけようとしている。一方で当主であるその人は郁人がやはり可愛いらしく切り捨てるところまではいかないようではあるが。
彼女は自分の父の今後次第で今通っている私立の学校や塾、習い事の全てを辞めなければいけないことや、今までよりも暮らしの質を落とさなければいけないことに気がついていないのだろうか。兎月は溜息を吐いた。
「お前は知らないかもしれないけど、春宮は怖いんだぞ。ある程度の家柄の子供なら誰だって知ってる」
あそこの家には逆らうな。
何があっても対処できるよう相談しろ。
必死にそう言い含められるような家柄だ。
桜子のような異端もいるが、基本的には厳しく真面目で誠実な人間が多い。義理堅いからこそ、怒らせたらどうなるかわからない。
「特にお前は前科がある。春宮椿に飲み物かけただろ」
「謝ったわ」
「向こうは許してない。薫子さんを害されかけたことに怒り心頭だ。このままだとお前たちのせいで有栖川が潰れる」
兎月はその辺りが察せられる程度には聡かった。そして、それが彼女のストッパーとして置かれた理由である。
そう説明してもなお納得いかないという顔をする彼女を見ながらどんどん失望する。期待値のゲージはすでにマイナスで「何もするな。ジッとしてろ」である。
「お前が自分の責任を一人で負えるようになるまで、絶対に関わるな」
彼女が高校生くらいになるまで必死に教え込んで尚のことこのままだと言うのなら彼女本人の資質だ、ということでお目溢し願える可能性が高い。
父親のその推測だけが頼みの綱だ。楽観的であることは否定できない。
兎月が犠牲になる必要はない、いつでもやめていいと言われているが、舞香があまりにもあんまり過ぎて目を離したら没落一直線の未来が見えた。それは阻止しなければならない。
(ほんっと鬱陶しい。コイツ、確かに顔は悪くないけど好みじゃないから要らないのよね。一回反省させるために痛い目見せた方がいいかしら)
彼らの割と切実な願いは届くことがない。
自分をヒロインだと確信した少女は的確に周囲の地雷を踏み抜く。
反省なんて何一つしていなかった。




