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新年には綺麗な振袖が用意された。前世の薫子は成人式でも振袖を着ることができなかったので心が浮き足立つ。
小さな花と手毬が可愛らしい唐紅の着物は彼女によく似合っている。椿を模した髪飾りが黒髪に映えて、祖父母は満足げに頷いた。
その日には諾子も山吹色に鞠と牡丹の着物を着せられていた。髪には牡丹を模した髪飾りがつけられ、薫子の隣で楽しそうに笑っている。
正式な場で大人しくしていれば薫子と一緒にパーティー等に出られることを学んで以降、諾子はちゃんと大人しくしていた。彼女の両親は今までの犠牲になった衣装のことも思い出しつつ涙を流して成長を喜んだ。
椿は薫子の右隣に居る。薫子の髪飾りが自分と同じ名前の「椿」という花であることにご満悦である。
彼の紺色の羽織袴には彼の家の家紋が付いている。
3人揃うと一層華やかに見える彼らは、家族で集まって一緒に福笑いをしたり、かるたをしたりと子供らしく遊んでいる。
羽つきは着物を汚すからと却下された。明日ならいいよと言われていた。諾子はやる気満々である。
「薫ちゃん、うれしそうだね!」
「ええ。元旦から諾子さんと椿さんに会えるなんてとてもうれしいのだもの!」
「私もうれしい〜」
そう言う幼馴染二人を「俺もうれしいですよ…!」という顔で見つめる椿。
「椿さん、おじいさまが初詣に連れて行ってくださるのですって!」
「椿も行くよね!」
その言葉に「はい」と頷いて、二人の元へ駆け寄った。
側に居た使用人の男は少しだけ「椿坊ちゃん、ギャルゲーとか漫画みたいな世界観に生きてんなぁ」と思っていたりする。タイプの違う美少女の幼馴染が二人もいるので。最近ではたまに黒崎葉月も一緒にいる。椿が興味を持っているのは薫子だけだが、ちょっとだけそういうことが頭を過った。そして、そう思った彼も本当のところ中心にいるのは薫子だと知っている。
彼らが初詣に行き、家に帰る頃にはすっかり眠くなっていて、車の中で薫子を中心に3人手を繋いでぐっすり眠っていた。
そんな時、元正の携帯電話のバイブ音が着信を告げる。
溜息を吐いて電話を取ると、娘の声が聞こえた。
面白くなさそうに近況報告と愚痴を話す桜子の後ろでは泣き声が聞こえる。
「あやさなくてもいいのか?」
「私が抱いても泣き止まないもの。今考えると薫子は静かだったわね」
心底面倒そうな声に元正は眉を顰めた。
「正月くらい私も出歩きたいものだわ。あの男、本当に私を家から出さないの。だから嫌なのよね」
実際のところ、桜子は四季神が関わると碌なことにならないと思っているため、結婚したくはなかった。ただ、あまりにもしつこい上に離婚にまで持っていくように仕向けてきたので、「これもう逃げる方が面倒ね」と思って囲われてやっている。娘まで同じ一族の人間に目をつけられると思っていなかったが。
桜子はたしかに奔放で洒落にならないレベルで遊んでいた娘であったが、遊ぶ人間は選んでいた。遊んでもいないしモーションをかけた覚えもないのにガッツリ囲われている現状を考えながら今の夫のことを「精神異常者かよ」と思っている。逃げられないほど執着がヤバいから大人しくしているだけだ。
「子どもなんか嫌いだし、特にどうでもいいけれど流石に一応生産元だもの。不幸になれとは思っていないわ」
桜子も十分中身がヤバい。
とはいえ、薫子のためにポツポツと円周辺の情報を漏らしてくれるだけまだマシだろうか。
それにしても生産元じゃなくてもっといい言い方なかったのか、と元正はやっぱり溜息を吐いた。
「桜子がどこをどうしてああなったか、今でも理解できん」
同じように育てている薫子がお淑やかなので余計に頭が痛くなった。




