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「薫子のばーーーーーーか!!」
混合リレーで負けた雪哉がガチ泣きしながら薫子を指さした。好きな女の子からの負けがよほど悔しかったらしい。後ろで母親の菊乃にポカリと叩かれていた。
「悔しいからってそんな事を言うものではありません!!」
怒られて尚のこと泣いた。それを見ながら椿は鼻で笑った。彼は別の競技に出ていたが普通に一等賞でゴールインしていた。
そんな椿を見て雪哉は「は?」と思ったし言った。殴り合いまではいかないが二人でバチバチやって、諒太は後ろで溜息を吐いていた。
「薫ちゃん、早かったねぇ!」
「薫子さん、すごかったです!」
それを気にせずにベタ褒めの諾子と葉月に「ありがとう」と穏やかに微笑む。
心なしかきらきらエフェクトを背負っているように見える薫子に、「春宮様素敵ですわぁ!!」「手を振ってくださいましぃ!!」とよく分からない歓声が飛んで彼女は首を傾げた。よく分からないまま手を振ると、沢山の女の子が黄色い声を上げた。
薫子を好む人間もいれば、気に食わない顔をする人間もいる。
薫子は普段白桜会メンバー以外には目立たぬ子ばかりと一緒にいるし、大人しい。ならばとばかりに椿たちに声をかけていた子たちである。それには2年生や3年生も含まれている。
「四季神様に言われてなければ……!」
四季神円。
薫子に目をつけている少年である。
ちなみに彼の兄は薫子の母を監禁せんばかりに溺愛している。
銀髪に赤い瞳の美しい少年は薫子をどうやって手元に置こうかと思案中であった。そのため、今自分以外が薫子を傷つけることは得策ではないと圧力をかけていたりする。それでも考えの足りない人間はいるが、そういう者は消えていく定めである。
あくまでも「今は」である。
何かしら起こした方が薫子が手に入ると言うのであれば迷いなくそうするだろう。
薫子にとっては迷惑極まりない少年である。
競技が終わると、保護者と共に昼食の時間である。一部生徒は教室で食べているが、基本的には皆家族と団欒のひと時を過ごしている。
厳しい顔をした元正と凛々しい桃子に挟まれてにこにこほわほわしている薫子は少し異質に見えるけれど、実態はあれも食えそれも食えとせっせと甘やかされているだけである。
「午後はダンスをするのだった?見ているから頑張るのよ」
「はい、おばあさま」
怪我をしないように、と元正に念を押されて、くすぐったい気分になる。
嬉しそうにする孫娘を見て、彼もまた表情を綻ばせた。
ちなみに、体育大会は学園が雇ったカメラマンが写真を撮っていて、大会後に一斉に張り出された写真を参観日の際に親と児童が選ぶ仕組みとなっている。
薫子が知る由もないが、彼女がポンポンを持って踊る写真がやたらと注文されることになるのはまた後日の話である。




