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椿は薫子至上主義である。
薫子以外どうでもいいと、小学生ながらにぶっ飛んだ思考の持ち主である。
なので、ダンスなどはともかくとして競技系に一切の気力が湧かなかった。
薫子は白組、椿は赤組である。
薫子が勝つのなら椿はそれでいいので全くやる気はない。寧ろ走りたいという気持ちすらない。何もやる気がない椿に雪哉はキレたが、雪哉とかどうでもいい椿はガン無視していた。酷い。
「まぁ薫子にいいところを見せるのは俺だけでいいがな!!」
フハハ、と笑う雪哉にイラッとしたのか椿はゆっくりと彼の顔を見た。そして、唇がゆっくりと弧を描く。
椿は小学生にしてはぶっ飛んだ少年だったが、挑発に乗らないくらい大人でもなかった。そういうところは普通の子供だった。
薫子の前で活躍する俺、という想像をする雪哉に向かって作った笑みは凶悪極まりない。
(冬河くんも何も言わなければ油断してくれてたのに)
周囲の女の子たちを適当にあしらいながら秋月朔夜は少しだけ恨みがましいジトッとした目で彼を見てしまった。
中身はともかくとして顔は良かった原作薫子が初恋の相手でもあった朔夜は、こちらでもやはり薫子が初恋の相手で、しかもなかなか近づけないものだから拗らせかけている。少なくとも好意はもたれたい。
幼稚園児の時はよかった。通っている間の彼女はみんなに優しかったし、隣でお昼寝などもできた。
小学生になってからはまるでダメ。異性がハイエナと化した上にガチガチに周囲を固められてしまった。
二人がやり合っている中、朔夜は適当に笑顔を振りまいて教室を出た。朔夜は他の白桜会の面々の分まで付き纏われて辟易していた。癒しが欲しい。切実に。
そんな時は見つからないように一人でそっと校舎裏まで向かうのだ。
そっと腰を下ろすとようやく息ができる気がした。その顔からは表情が消える。
(ずーっと、笑顔ばっか。疲れる)
いいなぁ、アイツらはと思いながらぼーっとしていると、彼を覗き込む影があった。
やばいと思って笑顔を作ろうとすると、「そのままで大丈夫よ」と柔らかい声音で言われる。
「いつも笑顔は疲れるし」
そこに現れたのは薫子だった。
そう言いながらも彼女自身は穏やかに微笑んでいるのがデフォルトだ。基本的にはいつも微笑みを浮かべており、困っても「あらあら」と眉を下げるくらい。少し大人びた、けれどどこか放って置けない。そんな彼女が側にいることに、朔夜は驚いた。その頬は紅潮している。
「あの、春宮さんも別に……」
「ふふ、私は別に良いの。だって、黙っていると怖く見えるのですって」
「……は?」
そう言って頬に手を当てる薫子にガチの「……は?」が出た。
(黙っていてもきれいだろう。そんなこと言った人、目が無いのかな)
誰が言うのかなんて容易に見当がつく。
表情が消えると薫子は人形のように整った容姿から畏怖を与える。薫子も納得してそう振舞っているので別にそこまで苦には思っていないが、朔夜は少しどころかだいぶイラッとした。
「どんなあなたでも、可愛いよ」
「あら、ありがとう」
朔夜が絞り出した言葉は、薫子の中でお世辞として処理された。
それから度々、彼らはここで会うことになる。
本当は一人というか静かな場所が気楽な朔夜と、たまにはお世話されずにゆっくり過ごしたい薫子は意外と相性が良かった。椿の過保護が完全に裏目に出ていた。
なんやかんやみんな拗らせている気もする。




