24
椿は薫子の全てに恋をしていた。
小学一年生ながらその執着は凄まじいものであったりする。
なので近づく虫は、特に害の大きい毒虫は早急に始末したいところだった。
(けれど、四季神は…少し厄介だな。どう振舞えば蹴落としてやれるかな)
四季神も相応に力のある家柄だ。それこそ自由で奔放だった桜子が最終的に捕まる程度には。
そんなこととはつゆ知らぬ椿だけれど、彼は回復した薫子に会いに行く少し前からとても機嫌が悪かった。
薫子の体調不良で会えないのも、世話をできないのも苛立たしかったが、それよりもっと腹の立つことがあった。
薫子が寝込んだ次の日は登校日だった。
帰ろうと迎えの車を待っているときに、彼は「敵」に遭遇していた。無論、敵の前には「大好きな薫子の」がつく。
「あ!パーティーで会った子だよね!ごめんね、あの時はあの女に文句を言ってやろうと思ったのに巻き込んじゃって」
眉を下げてそう言う少女に、椿は眉を顰めた。
その少女は有栖川舞香。薫子の腹違いの姉である。
「そう。俺には関係ありませんね」
謝るのなら薫子に対してだろう、と不快感が増す。しかし、そうやって表情を消したことで彼は逆に舞香のターゲットになってしまった。
(あの時は気づかなかったけど、この表情…椿くんだっ!あの時も可愛かったけど、そのまま小さくなったみたいでカッコ良さもチラ見えするわね!)
要するに、攻略対象「春宮椿」であることがバレたのである。
椿は乙女ゲームやら攻略対象やら悪役令嬢だなんてこれっぽっちも知らないのでいきなりテンションが上がった舞香にドン引きしていた。好感度はまた下がった。上がり幅は小さいのに下がる時は一気でしかも底がなかった。
「私、舞香っていうの!お名前教えてくれない?私があの悪女からあなたを守ってあげる!」
「結構です。俺の周囲にあくじょ?なんて存在しません」
あくじょと悪女が結びつくのに少し時間がかかり、そして数秒後にそれが彼の宝物を指している事に気がついて殺意が増した。心理的には「絶対許さねーぞコイツ」である。
(あ、私が可愛い系ヒロインだから照れてるのかな?かっわいいー!)
勘違いも甚しかった。
椿にとって可愛いのも綺麗なのも全部薫子である。心に付け入る隙は微塵もなかった。
椿のご機嫌が氷点下を突っ切っていた頃、後ろから一人の少女が走ってきた。
「ん?椿が女の子といるってめっずらしいね!」
「纏わりつかれているだけです」
「……うわぁ。ガチのご機嫌斜めじゃん。どしたの」
うわぁ、の後は全て小声である。諾子は舞香と違って椿のちゃんとした機嫌の悪さを察していた。そもそも、彼は薫子が寝込んだ時点で悲しみ、そこから会えない為に機嫌が最初から良くない。
珍しく無になってやり過ごそうとしているあたりに「嫌い」に対しての本気度を感じ取った。
「椿くんっていうのね!ねぇ、私とお友だちになろっ!?」
せっかく名前を黙っていたのにと目線で訴えてくる椿に諾子も流石に「ごめんって」と謝った。諾子をガン無視で椿にだけ話しかけているヤバいやつという時点で薫子に近づけたくない人種のトップクラスに躍り出た。
そこに車が止まった。その中に諾子は自分の母を見つけて、ドアが開いた瞬間に椿を押し込んだ。
「ちょっとアンタどういうつ…
「ごめんね。椿嫌がってるし。私、かおちゃんのいうことしか聞かないから!!」
待ちなさっ……!!」
舞香の言うことを聞かずに諾子はニッと笑うと思いっきり扉を閉めた。
「ママ、あの子椿が嫌がってるから早く出たい」
「そうなの?じゃあ出して」
諾子が車にかかった手を窓を開いて思いっきり叩いた後、怯んだ瞬間に車は出た。
「……ありがとうございます」
「いーえ、どういたしまして。というか私、あの子を薫ちゃんに近づけたくないんだけど」
「俺もですよ」
諾子にだけ辛うじて聞こえた小さな「気持ち悪い」のセリフにどうやったら薫子以外は全てどうでもいい枠に入れている椿の好感度をここまで下げられるのか逆に気になってくる。
その数日後、やっとお見舞いが許された二人は薫子にべったりになる。
特に椿は「嫌なヤツと会った分薫子さんを補充しなきゃ」という気持ちでいっぱいだったし、単純に寂しかった。
そうして、薫子も知らないまま目をつけられた椿はきっちり薫子の異母姉に対して嫌悪感を持つことになった。
が、肝心の舞香は「椿くんってば、あいつの前では演じてて私の前でだけ素になってたわ!やっぱりヒロインは別格ね」と酷い勘違いをしていた。椿が演じているのは薫子に嫌われたくないからなので見当違いも良いところである。




