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浴衣を着て、祖父母に連れられてきたのはとあるパーティーだった。
避暑地への旅行から帰ってきて割とすぐに「このパーティーへ行くことになった」と伝えられた薫子は出席者一覧の四季神という名字に少しだけ眉を顰めた。
母親が嫁いだとかはどうでも良いのだけれど、その相手が自分を見てどう反応するかが読めない。
(好きな人の別の男性との子どもが地雷とか言われたらどうしようもないしねぇ……)
良識があればそんな事を言われることはないだろうが、ヒステリックに叫ぶ大人を数人知っているだけに複雑だった。
常識なんていうものは人によって違うのだ。薫子はそっと溜息を吐いた。
そんな状況だったので、薫子は祖父母から付かず離れずの距離に常にいた。
今日は椿と諾子が参加していないこともあってか全く離れようとはしていない。
薫子の知り合いの中では雪哉が唯一参加していたが、彼は彼で両親がばっちり捕まえていたので挨拶くらいしかできていなかったりする。
蛍を見るという趣旨の集まりであるが、薫子はどうも不安が拭えない。
(何もない、はずなのに)
どうしてかしら、と思いつつも彼女は関係者への挨拶はしながらも祖父母の背に隠れていた。
最初は人見知りかと思っていた祖父母も薫子があまりに不安がっているので「何かあったのですか?」と尋ねるが、薫子自身理由がないので静かに「いいえ」と戸惑うように口に出した。
この場所がダメなのかしら、と薫子が考えた時、「こんばんは」と声をかけられる。その瞬間、背に氷でも入れられたかのような寒気がして思わず祖父の浴衣の袖をギュッと握った。
「あれ、人見知りなのかな」
にこにこと人好きしそうな笑みを浮かべた少年は銀髪に赤い目だ。兎を思わせる愛らしさだが、その瞳に宿る光は捕食者そのものだ。
彼を見た元正は苦々しげにその少年を見た。
「……四季神の弟がうちの子に何のようだ」
「学校で見た時から気になってたんです。可愛い子がいるなぁって!僕は四季神円です。ねぇ、僕のお嫁さんに彼女をくださいませんか?」
「断る。流石に娘と孫を姉妹にするつもりはない」
歌うようにねだる円の言葉を即座に断った元正の言葉に、薫子はホッとした。
なぜだか、薫子は円が怖かった。
「残念」
そう言う彼の目は尚のこと薫子をねっとりとした目で見つめている。
そんな彼の名前を呼ぶ声がして、「兄上」と円がその青年を呼ぶ。
円と同じ銀髪に赤い瞳。成長したらきっとそうなるだろうと思われる青年がそこにいた。
違いは円が微笑みを絶やさないところ、彼は表情が無いようにすら見えるところだろうか。
「義父様、義母様。お久しぶりです」
「あれとは縁を切っている。そう呼ばれる筋合いはない」
「それでも、あなた方は私の桜子を育ててくださった大事な方だ。敬意は払わなければ」
目線を薫子に向けて、青年…四季神環その人は「君が桜子の子だね」と言う。それに頷き、「春宮薫子です」とか細い声で言う薫子に、環は一瞬円に視線をやってから手を差し出した。
「母が恋しいのなら共に来ると良い。あの男に似ているのならともかく、君は桜子に生写しだ」
「……い、いやです。わ、わたしはおじいさまとおばあさまと一緒がいいです」
完全に祖父母の後ろに隠れてしまった薫子を見て、環は興味を無くしたように頷き、円は舌舐めずりでもしそうな顔でその方向を見続けていた。
四季神兄弟を厳しい目で見る元正と桃子は「不愉快だ」と薫子を隠すように迎えの車へ向かった。
「あれが良いのか?」
そう尋ねる兄の言葉に、円はにこやかに頷いた。
「変わっているな」と言う彼に円は心の中で「他人の嫁を寝とる兄上には言われたくないです」と毒突いた。
「外見の好みはとても似ていると思いますが」
「あぁ。……桜子の幼い時もあのように愛らしかっただろうな」
自分の妻を思い出して恍惚とした表情を描く兄に弟は呆れたような顔をした。
変わっている、なんて兄は言うが円は兄よりはよほど真っ当なつもりだった。
(きれいな黒髪。白い肌に猫みたいな瞳。それに……怯えた顔は兎みたい)
円は逃すつもりはない、と帰りの車の中で口角を上げる。
何をどうしてやれば、あの臆病な少女は自ずから自分に縋り、泣くだろうか。
楽しみだ、と思いながら少女の顔を思い浮かべた。
的確にやべーのを引き当てる母娘。