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薫子はパンフレットでショッピングだとかそっち方面を見ていたが、諾子が行きたいと主張したのはテーマパークである。玩具の博物館なんかも興味があるらしい。
意外と自由研究等にも良いかもしれない、と思いながら薫子は走っていく諾子の後を追いかけて、その後ろを椿が仕方がないという表情で追いかける。
そして、考え事をしていて躓きそうになった薫子の手を取った。
「薫さん、考え事をしながら走るのは危ないですよ」
椿があまり必死そうな顔をするものだから、薫子は少しだけ可笑しくなって笑った。
「笑い事じゃありませんよ。薫子さんに何かあれば、俺は」
「ごめんなさい。けれど…ふふ。なんだか、私のことで心配してくれる人がいるってふわふわした気分ね」
くすぐったそうにはにかむ薫子に椿は心ときめかせる。そして、薫子の後ろから突撃してきた諾子が甘酸っぱい雰囲気を壊した。
「薫ちゃん、椿!あっち行こ!!」
キラキラと眩しいくらいの笑顔で二人を呼ぶ諾子に手を引かれて、アトラクションに連れて行かれた。
「諾子さんにかかれば、薫子さんも椿さんもただの小学生ですね」
にこにことしながらそう言う妻に藤孝は頷いた。椿は基本的に(薫子以外がどうでも良いので)大人しく、温和で良い子である。大人びたその言動から褒められることも多い。
だが、親としてはたまには小学生らしく遊んだりしても良いと思う。
だからだろうか。三人で遊ぶ彼らを見て、夫婦は少しだけほっとした気持ちを持った。
薫子はどこか薄幸な雰囲気を見せながらも、とても優しい子供だった。その彼女の楽しそうな笑顔を見ると救われたような心地になる。
両親に愛されることがなかった少女は、初めこそ何にも期待せず、何にも好意を向けないまま全てを諦念のままに受け入れていたが、それも少しは変わってきたのではないだろうか。そうであれば良いと思いながら藤孝はかつての彼女の母を思い出す。
(桜子さんは厳しくされていたとはいえ真っ当に愛されて育ってきているはずだったけれど。あの人も理解できないタイプだったからなぁ)
一つ年上の華やかな美しさを持つ従姉。どこまでも自己中心で周りを振り回し、けれどどこか人を惹きつける女性。
厳しくはされていたけれど、彼女は元正と桃子に娘としてどこまでも愛されていた。
奔放で自信家な彼女がどうして有栖川なんかを選んだのかと最初は本当にわからなかった。顔が好みだと言われれば終わりだけれど。
最終的に分かったことと言えば、桜子は別に有栖川も愛してはいなかったというくらいか。今の彼女が幸せかどうかは知らないが、どうか薫子の邪魔はしてくれるなと藤孝は祈る。
走り回り、アトラクションを巡る彼らを追いかけながら夫婦は笑い合う。
いつまでも、いつまでも。
子供たちが仲良くあって欲しいと。
「薫子ちゃん、可愛いですよね」
「私の娘に色目使う気?あの子は私に似ているからアンタの手には余るわよ」
銀髪に赤い目の少年はまだ姿を見せぬままの桜子の近くでクスクスと笑う。
可愛らしい容姿ではあるが、その瞳はゾッとするほど冷たい。
「桜子さんだって最終的に兄上の手に落ちたのに?」
「兄弟揃って厄介だ事」
四季神円。
環の弟である彼は、足を組んで蠱惑的に微笑んだ。それはどこか人外じみた美しさすら見受けられる。
「兄上から逃げるためにわざわざあんな男と結婚までしたというのに、ね?」
「ふふ。何を言っているの?私はただ、目的を果たしただけよ」
目的が何を指すのかは分からなかったが、強がりだろうと円は嗤う。
泣く赤ん坊の声に眉根を寄せた桜子はそっと天蓋カーテンの中から姿を現した。
長い黒髪は真っ直ぐで美しく、キツそうな顔立ちではあるがその美貌は疑うべくもない。
プロポーションは完璧で同性が見ても溜息を吐くだろう。
「私に何か言う暇があるのなら近づく算段でもお付けなさい。出遅れている自覚すらないのなら、環の足元にも及ばなくってよ」
「おや。義姉上は手伝ってくださらないのですか?」
「普通に嫌よ。お前みたいなのが義息子だなんて」
薫子は普通に生活しているだけなのに、知らない間にだいぶ問題がありそうな少年に目をつけられていた。
桜子と、以前雪哉をけしかけた少年A。




