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温室のある洋風の白いお屋敷。その中は品が良く豪奢な作りとなっていて住人の趣味の良さを窺わせる。
そんな家に、泣き喚く女性の声が響いていた。
「ごめんなさい、ごめんなさいおじいさまぁ!!反省するから美樹を助けてぇ!!!」
20代前半のその女性は子どものように泣きじゃくり、その後ろでは母親であろう女性が気絶して夫である男性に介抱されていた。
彼女は黒崎美樹。
以前薫子にいらんちょっかいをかけた女性である。
彼女もそこそこ大きな財閥出身の令嬢で、ふわりとまかれた栗色の髪がよく似合う可愛らしい女性である。尤も、今はそれが台無しになるくらいの号泣であるが。
彼女が祖父に縋り付いて子どものように泣きじゃくっているのには理由があった。
美樹には年の離れた兄がいた。その兄の子供は薫子と同い年である。そして白峰学園に通っている。
その姪は引っ込み思案で、ちょっとしたことで絵梨花に目をつけられてしまった。家格で言えば、黒崎家の方が上なのだが、菜切家は美容品などの販売で勢いのある家である。絵梨花の気の強さもあって、あっという間にイジメになろうとしていた。そんな時、保護下に入れてくれたのが薫子である。
薫子は割と引っ込み思案だったり、大人しい同級生と一緒にいたりする。諾子と椿以外に対しては流石にちょっと、「ずっと話しかけられる状態」というものが鬱陶しいと思うこともあるのだ。椿や雪哉、諒太に近づくために薫子のご友人枠に収まろうとするような女子は割と押しが強くてよく喋る子が多かった。
保護下、というよりは「薫子に目をつけられてしまった」と言い換えても良いような気がするその「ちょっとそばに居てくださる?」のお陰で美樹の姪は絵梨花から逃れられた。絵梨花は両親から今までにないくらい怒られたせいで薫子に近づきたくなかったためである。
そんなわけで美樹の兄は娘が懐く薫子について調べた時にうっかりそれを知ってしまい、妹にとってもキレた。しかも薫子の家柄は非常に高かった。春宮に目をつけられたくなくて更に怒りポイントが溜まった。春宮はいっそ気付け、気付かぬのなら何があっても知らぬとばかりに美樹のやらかしに関する情報を制限していなかった。
春宮に謝罪に行った彼は当主からはお叱りをいただいたが、帰りに遭遇した薫子からは「葉月さんのお父様ですのね。いつもお世話になっておりますわ」と微笑まれてしまった。正直、妹の美樹よりも淑女らしかったのでショックも受けた。
そんなわけでお小遣いは減らされるわ、兄にキレられるわ、自業自得で散々な目にあった美樹は最後に一つ爆弾を落とされた。
「夏の花の会に来ないで欲しい」と通達されたのだ。
彼女の本命は桜子の今の夫である四季神環だ。
しかし、人のモノである以上確実に手に入るわけではない。なので、彼女は一応他の家の男性にも粉をかけていた。
他家の家柄の良い男性と付き合うならば、それなりの場所が必要となるのは当然だ。春宮が四季折々で主催する花の会と呼ばれるパーティー。それはその場の中でもとびっきりの「狩場」だった。
そして、その反面……。
「去年まで黒崎家として招待を頂いていたのに、今年は名指しでの招待だったから何故かと思えば」
祖父は溜息を吐きながら孫息子を見た。娘の恩人に言った言葉を知った彼は笑顔で首を横に振った。
彼女たちにとって、婚活の良い狩場である花の会は、その反面で追い出された者に対しては酷く厳しい。何かやったと悟られれば最後、良い縁談相手は早々見つからないだろう。誰だって大企業を束ねる家に睨まれたくはない。しかも、その令嬢の相手を充てがうことさえできれば自身も強い権力を手にできる。足の引っ張り合いも水面下で起こり始めているが、薫子がまだ幼いために少しですんでいる。今は良くても桜子のようになれば好き勝手できないため様子見をしている者もいる。
「無理だ。世の中にはやって良いことと悪いことがある。そもそも、母親に置いて行かれた少女になぜ弟が生まれた等と得意げに話せるのかが分からない」
「だって、だって……」
「八つ当たりに小さな少女を選ぶなんて最低だ。おまえに良い嫁ぎ先なんてないぞ」
その言葉に「でも」とか「だって」とぐずぐず言う孫娘に彼は自分の息子を見た。
遅くにできた娘を猫可愛がりしていたのは知っていたが、ここまで愚かに育てるとは思っていなかった。美樹の兄姉が立派に育っているのもあって、軽く見ていたのもある。
「そろそろ俺も、引退時かもしれんな」
監督不行き届きだったか、と疲れた声で言う彼に美樹の兄である理人は「まだまだ力になってもらわなくては」と苦笑した。
話が済んだら父に構ってもらおうと、廊下からこっそりと話を聞いていた理人の娘である葉月は、自分のおばが薫子に何かしたらしいことだけに気がついた。ギスギスした雰囲気と「春宮」という名前が聞き取れて、おばがギャン泣きしている。由々しき事態かもしれない、と思った。
次の日、夏休み前最後の登校だった彼女は薫子に美樹が何かしらしでかした事を謝った。
「あら、そんなことあったかしら?」
不思議そうに首を傾げて、「ねぇ、椿さん」と椿に尋ねる。椿は自分に話が振られたのが嬉しかったので、「いいえ。俺には分かりかねます」と蕩けるような微笑みで返した。薫子は本当に両親をどうでもよく思っているので覚えていなかった。
椿のその言葉に「そうよねぇ」と頷いてから、思い出したように手を叩いた。
「そうだ。葉月さん、春宮の花の会にいらっしゃらない?今年の開催日には近くで花火も上がると聞くから、おじいさまがお友達も誘ってみなさいって言っていたの」
「えっ……良いのですか?」
「えぇ。来てくださると嬉しいわ」
薫子は椿と諾子以外の友人がいないのではないかと心配され始めていたので誘ってみた。葉月が素行に問題がないのは実証済みだったのでちょうど良かった。
ちなみに、薫子に付き纏っているハングリー系女子は誘われていない。日頃の行いである。
薫子 は 新しく お友達 を 手に入れた !




