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日焼け知らずの白い肌。手足はすらりとしてバランス良く、黒髪は長く艶やかだ。
水着を着て泳ぐ練習をしている薫子に、周囲は一瞬ドキリとした。本人が聞けば「ロリコン…?」ととても困った顔で言ったに違いない。だが、名家春宮のお嬢様にそういった評価を直接言う人間はいなかった。妖精のような艶やかさと愛らしさを持つ少女は今日も家に守られている。
そして、活発美少女の諾子はバシャバシャと元気に泳ぎ出していた。運動神経が良かった彼女は特に苦も無く泳げるようになった。
一方、椿はすでに泳げるので薫子の手を引いてご満悦だ。無表情がデフォになるはずだった少年は今日も薫子に内心デレデレしながら理想の王子様の仮面を外さない。
春宮の警護兼監視である水泳を教えていた女性は微笑ましげに彼ら三人を見つめていた。
誰も絡まなければこの三人はそこそこ穏やかで温和な、大人の望む賢い子供である。薫子に関して非常に狭量だが、それはそれ。彼らは安心して見ていられる可愛い子供だった。
「薫さん、なんだか少し嬉しそうですね。どうかしましたか?」
「あら、そう?」
薫子の前世は運動は苦手ではなかったが金槌だった。どう足掻いてもぶくぶくと沈んでしまうので、プールなんて嫌いだったし、落ち込んでいるのに追い討ちをかけてくるクラスメイトの数名がちょっと嫌いになったりもした。
ところが、今はちゃんと浮かべるし、何ならもう少しだけ泳げるようにもなった。まだ少し水が怖くはあるけれど、自信が持てた薫子は内心ご機嫌だった。表情が柔らかくなっている。
「泳げるようになるとは思っていなかったから、少し嬉しくなってしまったの」
少し照れ臭そうに笑う薫子に椿はきゅんとした。何なら、こっそりと覗いている従業員も被弾した。
薫子本人は「悪役令嬢の身体ってハイスペックなのかもしれないわ」とのほほんとした事を考えているくらいなのだが。
「薫さんなら、望めば何だってできますよ」
少しだけ目を逸らしながら、頬を薄紅に染めてそう言った椿を見ながら、諾子は「だから私ともそろそろ泳ごー!」と薫子を引っ張った。不服そうにムッとした椿を尻目に二人でゆっくりと泳ぎ出す。
それを「待ってください」と追いかける椿。
その頃、春宮家ではたくさんの荷物が届いていた。
すっかり孫馬鹿になった祖父母が買った夏服、浴衣、サマードレス等である。
薫子は我が儘を言わない子であり、尚且つ彼女自身には多少好みの色味はあれど、特に服飾への興味がなかった。なので、そこへの気合を入れるのは孫が可愛い祖父母であった。
お揃いにしたら可愛いという理由で椿と諾子のものも一部入っていたりする。
実際、薫子は容姿が整っているので周囲は着せ替えをさせたくて仕方がなかった。文句を言わずに延々と付き合ってくれる薫子は祖母や椿と諾子の母親のお気に入りでちょっとしたアイドルポジションである。「ちょっと疲れるなぁ」と思うことがあっても「まぁ、楽しそうだものねぇ」と少しの諦めと、楽しそうな大人に可愛がられているのが嬉しいので付き合ってしまう薫子であった。
諾子は「遊びに行ってくるー!」とそのまま走り出してしまうし、泥々になって帰ってくるので母親泣かせだったりする。
椿は薫子の好みそうなものを試行錯誤しながら選んでいるので、寧ろこだわりが強いと思われている。自分の好きが全て薫子基準なので、徹底的に探りを入れて選んだ結果、品の良い優しげな王子様が完成する。
その結果、並べて愛らしいトリオが誕生するのである。
ちなみに諾子の両親はいつ走り出すのかわからない娘の可愛い場面を撮り逃すまいと真っ先にカメラを向け始める。そして、その写真が三家に共有されたりする。
実は貸切をしていたプールから帰ってから、三人は並んだ服の山に大層驚くことになる。