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夏目諒太が薫子の友人に加わったことで歯噛みしている女子は多い。薫子自身は友人だと思っているが、取り巻きだと言う人間もいる。
──別に薫子は異性との交流を禁じていないし、そんな権利はない。許可を求めてくる子たちにもちゃんとそう言っているが、諒太自身が「薫子ちゃん以外はちょっと…」なんて言い始めているので収まりがつかない。
すでに諒太は薫子以外に夢を見ていなかった。
それでも、遠足以降では諒太は椿や雪哉との交流が増えているし、その事から同性の友人も少しずつ増え出していた。薫子はその事に少し安心する。気分はすっかりお姉さんである。
姉、といえば薫子の異母姉はたまに学校の近くを彷徨いているらしい。清子が神経質になっている。それと、再婚した桜子に子どもが生まれたらしいと最近ちょっと意地の悪そうな女性に教えられて「そう」とだけ返した。自分が知らないところで姉になったと聞いても、薫子にとっての家族は祖父母だけだ。教えてきた女性はつまらなさそうに帰っていった。ついでに、薫子は興味も何もなかったが、その女性は薫子の母の再婚相手を略奪しようと考えている人間だったりする。そして、敵わなかった腹いせに薫子を傷つけてやろうとしていた。こっぴどく失敗したが。
6月は検診や予防接種などがあり、指定の病院の医師が学校に派遣される。
薫子はあまり気にしていなかったが、諾子は予防接種という言葉に震えていた。彼女は年齢のわりにしっかりした女の子だったけれど、年相応に注射への恐怖心があった。
椿は「一瞬で終わるものに怖いも何もないな」というスーパードライな思考であったが、雪哉は緊張からか表情が強張っていたし、諒太は慣れているのでそんな雪哉の手を握ってやっていた。
「かかかかおるちゃん、手を離しちゃ嫌だよ!?」
「ええ。諾子さん」
優しく微笑む薫子に、雪哉も手を伸ばした。無言だけれど、青白い顔の雪哉を珍しいものでも見たかのように見てから、ふと微笑んだ。
「大丈夫よ」
ほぼ初めて自分に笑いかけてくれた薫子に頬がぽっと赤くなる。途端にゴン、と足に衝撃が走った。
「すみません。足が当たってしまいました」
申し訳なさそうに眉を下げる椿だけれど、もちろんわざとである。すぐに呼ばれた椿は通り際に雪哉を睨みつけてから、診察室へと入っていった。
「椿は薫子ちゃんが大好きだね」
小声でそう言った諒太は、溜息を吐いた。
強敵である。おまけに嫉妬深く独占欲も強い。
ライバルが多いなぁ、と思いながらも雪哉の背中を摩ってやるあたり諒太は割と優しい少年だった。
椿のことに関していえば、薫子よりも雪哉と諒太の方が本性が見えやすい位置にいる。薫子が自分たちに興味を無くせば、嬉々として追い払うだろうと予想ができた。
諒太は雪哉と椿のことを友人だと思ってはいるが、椿はきっとそう思っていないだろうとあたりをつけていた。そしてそれは間違ってはいない。
「椿のやつ、絶対ワザとだろ……!」
「椿くんは薫子ちゃん以外には怖いからね」
本当に、と彼は心の中で呟いた。
診察や予防接種が終わった後、薫子と諾子、諒太はクラスに戻る。
すでに少し暑くなってきた教室の窓は開け放たれていて、生温い風が髪を揺らす。
「もう暑くなってきたわね」
「再来週からプール開きだもんね」
「泳ぐ練習もしないといけないね」
穏やかに話す三人に視線は集まっているが、気にすることはない。
もうすぐ、夏が来る。




