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※汚い描写有。ご飯とかの時はおすすめできないです。
帰りのバスの中で諾子とパンフレットを見ながらあそこが良かった、あの生き物は可愛かったとたわいもない女子トークをしようと集合場所に向かった薫子は女子たちに腕を引かれながら真っ青な諒太を見つけてしまった。
目の前で満足そうに諒太にしがみつく菜切絵梨花からは少しだが香水の香りがした。
(体調不良、バス酔い、香水だなんて嫌な予感しかしない組み合わせね)
とはいえ、何もないまま彼女たちを追い払う行為を薫子はしたくなかった。菜切は同学年では派手な部類の少女で、単純に話すのが不得意な薫子とは相性が悪かった。菜切は何を言われてもにこにことしている薫子が不気味でしょうがなかったし、薫子はなぜ何もしていないのに悪意をぶつけられるのか全くわからない。
そういった二人だったので、一ヶ月ちょっとの間の互いが互いに相手をそれとなく避けた結果が今である。
号令がかかってバスに乗り込み、引き続き諾子と一緒に座る。
しばらく経ってから騒ぎになっていて薫子がそちらをみれば、諒太が吐いたらしく、周囲の人たちは叫ぶやら鼻を摘むやらの大惨事だった。
だろうな、と薫子は溜息を吐く。
教員は手早く窓を開けたり、諒太にエチケット袋を渡したりしている。みんなが彼を避けるので、近付きやすくなった諒太の口元や服を薫子は持っていた除菌シートで拭いた。清掃はほぼ教員がやっている。開いた窓の近くに諒太を押しやって、背中をさすった彼女を諒太が見上げた。
「あり、がとう」
「いいえ。…でも、あまり無理をなさってはダメよ」
諾子はしまった、という顔をした絵梨花たちを「薫ちゃんの邪魔だからどいてー」と言いながらシッシッと手を振って追い払う。そして、その隣。座席の間、中央部に腰を下ろした。ごめんね、と言うように眉を下げた薫子に、諾子はにっと笑って見せる。
(薫ちゃんってば、割とああいう弱ってる子に弱いの忘れてたなぁ。椿なら手早く対処しちゃうんだろうけど)
内心で毒づきながら諾子は後ろにいる連中を少しだけ見た。キツく薫子を睨む絵梨花を見て少し眉を顰める。
薫子も気づかれないようにそっと息を吐いた。
薫子が夏目諒太に近づかなかったのは、女子に群がられることで彼に同性の友人がおらず、下手に手を出せば彼が孤立するかもしれないと案じてだった。手元に置いて守るだけなら今の薫子にとってそう大変な話ではない。だが、これからを考えるとそういう対応は彼の未来を悪い方に変えるだろう。
(軽くテコ入れ…というのはどうしたらいいのかしら。とりあえず、女の子を軽くあしらうくらいはできないと困るわよねぇ?)
何も雪哉の如く威嚇しろといっているわけではないが、多少は耐性を持ってもらい同性の友人を作ってもらわなければと考える。
バスを降りて、解散の時刻になると迎えが来るのを待たなくてはならない。良家の子どもが集まっているからこそ時間と人数を決めて迎えのスケジュールが組まれていた。
諾子と一旦教室に向かおうとすると、絵梨花が後ろに数名を連れて薫子の前に立ち塞がった。
「夏目くんは私のなんだから、あなたみたいな暗い女は近づかないでよね!」
「人間をモノ扱いするのは良くないわ」
そもそも、諒太から彼女たちへの好感度は今回で落ちていると思う。
そう言わなかっただけ薫子は優しかった。
「多分、真っ先に突き飛ばしてたアンタのこととか夏目は嫌いだと思うけど」
薫子は、だが。
諾子は「何いってんのコイツ」とばかりに絵梨花軍団を見つめる。
「薫さん、清子さんがお迎えが早まったと……そちらはご友人ですか?」
「あら、椿さんの方へ連絡が行ってしまったのね。こちらはクラスメイトよ」
「どっちかというと敵」
薫子には小学生を敵扱いするような気持ちはなかったが、諾子は容赦がなかった。いつも通りにこにこ笑いながらそう言うと、椿の目が細められた。
「……そう」
この次の日、菜切絵梨花の両親は娘を無理やり引き連れて春宮家に謝罪をしに現れる事になる。薫子は「私、何も言っていないのに」と不思議そうな顔をしていたが、薫子が周囲をそうやって諦めゆえに許してきているために椿と諾子が報告も兼ねてチクっているだけである。
一方で諒太はその頃、夢見るような表情で目を閉じていた。
(春宮さん、薫子ちゃん)
差し出された手は同情だったのか憐憫だったのか。何かはわからないけれど、具合の良くない自分を心配してくれたのは彼女だけだった。
吐いた瞬間、それまで近くにいた子たちは漏れなく逃げたし近寄って来なかった。男子たちの中にも、それを見て笑っていた人間がいた。
薫子に聞けば、「具合の悪い子を心配するのは人として当然では」と言うだろうが、彼の世界ではそういう気遣いをしてくれる人間は少なかった。
弟ができてからは尚のこと。
健康な弟に家族の目も向かう。
自分が特別なのではないと知っていても、嬉しかった。
こうして、薫子にニコニコとひよこのように寄ってくるようになった諒太は、薫子によって椿や雪哉と行動させられたり、ちょっとした体操などに付き合わされていくことになる。そのおかげかちょっぴり同性の友人が増えた。
薫子は弟ができた気分であった。




