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薫子たちの進級も間近という頃、円には味方があまりいなくなっていた。
ある程度になってくると、家の財産や権威で寄ってくる人間というものが多くなってくる。円の場合はそれが多かったからか、一気に孤独感を覚える。
とはいえ、四季神の一部を受け継ぐ予定になっているからか舞香は離れてはいない。
円は隣にいる少女を見つめながらそっと目を細めた。
(僕と結ばれる、だなんて嘯く痛い女だけれど使いようはあるか?)
隣にいる少女がすでに真っ当に自分を手に入れるという思考を捨てたとまでは知らない彼はそんなことを考える。
それすらも最早叶わぬものである。
この後に及んでも彼は今のこの状況を齎したのは憎き“春宮椿”だと思っていた。
そんな彼を見ながら、舞香はうっそりと笑う。
(ああ、可哀想な人。本気でただ清らかで愛らしいだけの女の子を夢見ているなんて)
可愛らしいところもあるものだ、とは思えない。相手が自分でないのだから。
もう彼に未来を選ぶような余地はないのだ。薫子に手が届くと思っているのなら現実が見えていないという証拠。舞香は四季神の一部事業を引き継ぐから彼と共にあるわけではない。円を“愛している”から隣にいるのだ。とはいえ、このままではまだ足りないとそっと瞳を細める。
円にとって最もダメージが大きいことはなんだろうか。
四季神兄弟は略奪を悪いとは思っていないあたりが厄介だ。仮令彼を手に入れても薫子にちょっかいを出そうとするのをやめないというのは分かっていた。
だからこそ、円をそれこそそんな気にもならないくらいまで叩き落とさないといけない。
まだ膨らんでいない胎をさすった。
円の事情が変わったのはまさにその翌日だ。
環が、今までにないくらいの冷たい視線で彼を見た。一応は優秀だった円はゾッとするような、何の価値もないと言うような目で見られたことはなかった。
「よくもまぁ、少し目を離した隙にこれだけ妻の実家を怒らせたものだ。薫子は諦めろ、と言ったはずだが」
薫子は容赦なく環にクレームをつけていた。そして、彼女から母親を奪った負い目がほんの少しだけあった上に、借りを作っていた彼は円を締め上げなければいけなくなった。
大幅に四季神家の者として使える権限などを制限した。
すでに舞香が弄した悪巧みも実っている。どう足掻いても逃げ出すには相応の時間が必要だ。その間に薫子は雲隠れしてしまうだろう。
きっと舞香は円が全てを失くしても愛することをやめないだろう。桜子を愛する己のように、薫子を愛する椿のように。
そう思いながら彼が、次の言葉を伝えると、弟は目をまあるく見開いて青い顔で立ち竦んだ。