12
5月初めに遠足がある。
有名水族館を貸し切るなどしたそれに、薫子はちょっと引いた。警備の都合もあるので納得もしているが。
バスの座席の取り合いも凄まじかったが、薫子は諾子と一緒に座ると決めていたので男子達は瞬時に火を消された。今日も彼らは諾子に勝てない。悔しそうに諾子を見る男子たちに諾子は心の中でピースサインを作っていた。
その一方で、薫子と同じクラスの夏目諒太は女の子たちによって取りあいとなっていた。おとなしいタイプの女子はドン引きしながら助けを求めて薫子を見るが、薫子は諾子に話しかけられてパンフレットを見ながら回る順番を決めていたので気づかなかった。
もちろん故意である。
訳の分からない諍いに友人を巻き込みたいと考える諾子ではなかった。
だからこそ、薫子はバスの中でうわぁ、と思いながら彼の周囲を見ていた。男子たちは歯軋りしそうな顔だが、諒太の顔が見えた薫子は少しだけ心配になった。
諒太とは一応、幼稚園からの付き合いである。身体が強くないことは知っているし、だからこそ大抵のことは周りに合わせようと、体調を多少誤魔化してでも我慢をしてしまうことも知っている。
(バスの真ん中に行かされているけれど、大丈夫かしら?彼、確かバス酔いしたはずだけれど)
コテンと首を傾げるけれど、彼の周囲の女子が言うことを聞くとは思えずサクッと決められた座席へ向かった。本人に助けを求められていないのに何かするのは流石に鬱陶しいだろうと考えた。
そうしてたどり着いた水族館をクラス単位で移動する。ゆっくりと諾子とおしゃべりしながら巡っていると、途中で椿も合流してきた。薫子のところに来るために同じクラスの人たちをみんな放って来ているので「あら、決まり事は守らなくてはダメよ?」と椿は自分のクラスへ返されてしまった。
諾子の目には悲しげに伏せられた犬の耳と尻尾が見えた気がした。犬は犬でも凶暴なタイプである。決して小型犬のような可愛いものではない。
それを笑った雪哉だったが、彼も自分のクラスへとリリースされた。薫子はそういうところ差別も区別もしなかった。
「男の子って意外と甘えん坊だよね」
「まぁ、そうなの?」
男の子とそう関わることが多くなかった薫子はそういうものなのかしら、と頷いた。
あの執着ぶりを見ていながら甘えん坊で終わらせる諾子も諾子だが、納得する薫子も薫子である。
結局、薫子はきゃっきゃと諾子と水族館を見て回った。
それを横目に女子に囲まれる椿の目は死んでいたし、雪哉のオーラは極寒だった。
(帰りのバスだって薫さんと別行動なのに!せっかくのイベントも薫さんがいないなら今後休んだほうがマシかな)
(何で薫子くらい大人しくできないんだコイツら!)
最終的に二人は帰宅までずっと不機嫌に過ごすこととなる。