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桜子は郁人の絵を愛していた。

彼の人柄に合わない陰鬱な青が非常に美しく、愛しかった。


自分がそばにいる事で援助が入り、彼が絵を描く時間を捻出できるはずだと押し倒して結婚した当初は思っていたが、うまくはいかなかった。

離婚後にこれだけ活躍しているのだから、相性が悪かったのだろう。


離婚しても好きなだけ彼の絵を買い漁りたかったし、画集も全部欲しかったが、夫になった男は許さなかった。四季神環の独占欲は強かった。


その結果大喧嘩をしてガン無視していたが、今彼女は画集を抱きしめてうっとりと目を細めながら飾られた絵を見ている。

夜の海と題された絵は寂しくもあり、どこか温かくもあった。感嘆に吐く息はどこか艶かしい。



「素晴らしいわ」



これが何かを吹き込まれた環の策略だと気づかない訳はなかった。

あれだけ郁人を嫌悪していた男である。何を言われて桜子に今この場にある物を買い与えたかは知らないが、これが桜子をこの場に縛り付けるためのものであることは明白だった。


それでも、与えられた物に手を伸ばさずにはいられなかった。

それだけ桜子は郁人の「絵」を愛していた。



「本当に絵だけか」


「そうですねぇ」


「近況など何も聞かれなかったんだな?」


「全くです」



後ろから桜子を見つめる環が隣にいる老齢の男と話す。

嫉妬がなくなったわけではない。不快でないわけではない。


けれど、薫子は言った。

選ぶべきだと。


桜子と一生あのような冷え切った間柄でいるくらいであれば、少しくらいの屈辱感は呑むべきだと心を決めた。

奪った女をそのまま繋ぎ止めておく難しさも知った。



「環、ねぇ見て。ここの表現。この色を出せる人間は少ないわ」



うっとりとした声に、「そうか」と普段の彼を知るものが聞けば驚くような甘い声音で返される。


自由奔放で遊び歩くのが大好きな桜子はここにきてようやく囚われてくれた。しかも、絵のために煙草もやめた。

無視もなくなり、むしろスキンシップが増して環はようやく安らかな心で一緒にいる事ができている。


それが実の弟の首を絞めると知っていても、彼はもう円に手を貸さない。

あまりその為人(ひととなり)を知らない環ですら、薫子の脅威に気がついている。

それなのに恋情に狂って、見極めがつかない様子の弟に愛想が尽きたという理由もあったりする。



(生活できるだけの職とあの小娘をつけて隔離するか)



まともであればそれなりに使える弟だ。

いっそ小娘と呼ぶ少女の願うままに壊してしまった方が扱いやすいかもしれないと、少しだけ考える。



「桜子、君の娘は恐ろしいな」


「周も変わんないわよ」



そう言う桜子の言葉を聞いて、息子の今の行動を思い出し、苦笑した。違いない。

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