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夏が終わり、少しずつ涼しくなってきている。学校の芸術科目が選択になったことで絵から解放された薫子も機嫌がいい。
隠しているわけではないため、生徒の一部は薫子の父親が今をときめく芸術家であると知っている。薫子が素晴らしい絵を描くことを期待している人間もいたが、薫子の絵は人を不安定にさせることに全振りした何かよくわからない物体である。
後は、彼女の懸案事項が片づきそうなのも要因の一つだろう。
後ろにいる椿は大好きな女の子が機嫌が良くて、嬉しげに微笑んでいるがこの二人のやっていることは全く可愛くない。
傍目にはただただ楽しそうなカップルなので、学園の生徒も微笑ましく見守りながら文化祭の準備を進めていた。
そう、文化祭が近づいてきているのである。
「私たちは展示だから気が楽ね」
各々が作成した芸術作品を飾るというもので、完成後の本番では受付を順に交代しながらやる。
当然のようにペアの二人は、さっさと提出品を作り終えた。
テーマは海。薫子の絵を期待する者もいたが、彼女はちまちまとボトルシップを作り上げて提出した。薫子は絵はからっきしだが、立体物を作るのは上手だった。ちなみに椿はしれっと鮫の絵を提出している。リアルだったのでクラスメイトは顔を引き攣らせたが、薫子は「臨場感があって素晴らしいわ」とほわほわ笑いながら誉めていたし、椿は照れながら「ありがとうございます」と言っていた。
「いや、そうはならないでしょ」
「なってるじゃん」
静香はツッコミ、あかりは遠い目をしながら現実であると告げた。後ろから梓が「漫才みたいね」と呟くと、「こういうのあったよね」と朔夜が乗ってきた。
「いやでも、チョイスはヤバいけど椿くん絵上手いね」
「薫さんが喜んでいるので別に他の評価は興味がないです」
「あ、それ知ってるから」
あっけらかんと朔夜が言う。
言い方にイラッとした顔の椿を見て可愛こぶりながら薫子の後ろに隠れる。
「薫子ちゃん、見て!椿くん沸点ひくーい、こわーい」
「ふふ、あまり揶揄うと本当に怒ってしまうわよ?」
「怒った方がいいですか?」
「いや、勘弁してー」
心底面倒という顔をすると、周囲から笑い声が出た。
朔夜も薫子たちの機嫌が悪くないことを確認してやっているあたりがうまい。だから薫子とも椿ともうまい具合にやっていけている。