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椿の感想としては、あのいけ好かない我が儘娘をよくもまぁこうなるまで追い込んだなというものだ。
欲しいもの全てを手に入れて、薫子を嗤ってやろうという悪意を感じたかつての少女は、恋を拗らせて、恋した相手と同じような思考にまで堕ちた。
哀れというべきか、人を呪わば、というべきか。
鼻で笑って、破こうとしたが考え直す。
薫子があのようになった一因に彼女がいないとは言い難かった。であれば、報復するにしても許すしても、それは薫子の決めることではないか。
そう思って、彼は舞香の手紙を薫子まで回した。
それが正解だったのかどうかは椿にはわからないが、薫子はとてもおもしろそうに笑った。
「まぁ、あの方を好く方っていたのねぇ」
祖父母との旅行を終えてとても機嫌が良い薫子は感心するようにそう言った。
文字を指でなぞる。その指先を見つめながら、「どうしますか?」と椿が問う。
「どうしようかしら。正直に言うと押し付けてしまいたい気持ちは大きいわ」
さらりと押し付けるなんて言う薫子に椿も苦笑する。相手は多くの女性がその手を伸ばす美青年だ。家柄もよく、何もなければ将来を約束されている。
薫子にとってはそれらが然程重要でないためだろう、と納得してその先を聞こうとする。
「けれど、そう簡単にいくことでもないでしょう?」
「彼女の望みは、四季神円を破滅させるところまでです。それ以降はおそらく自分で考えるでしょう」
薫子はその返答に内心で「うわぁ」と思った。好きな人を破滅させたいと願う気持ちは正直言ってわからない。なぜ彼女がそこまで拗らせたのかもわからないし、好きだという気持ちは相手の幸せを願うものではなかったのかと多少悩む。
「四季神円も薫子さんに対して似たような事を考えていた節があります。自業自得ですよ」
それもそうか、と薫子は椿が言うならなどという雑な理由で納得した。
とは言ってもすでに手足を捥いでいる途中なので彼が薫子を完全に諦めない限りは舞香の望みは叶うだろう。
「お嬢、坊ちゃん。今大丈夫ですか?」
「入れ」
いつもと違う命令口調の椿を見上げて「いつもと違う椿さんも素敵だわ」なんてにこにこしている薫子。それに気がついた椿は眉を下げた。
「時透家から時間を聞かれてますよ」
紀行の言葉に、“彼”が自分の案に乗った事を察して薫子は口元を緩めた。
もうこれでほぼ王手と言っていい。わざわざ国内海外問わず、市場を掻き回して彼を働き詰めにした甲斐があったというものだ。人間、余裕がない時は多少なりと判断能力が鈍る。完璧だと言われた男にとってもある意味ではそれは当てはまったということだろう。




