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薫子は二通の手紙を眺めながら微笑んでいた。今のところは順調に進んでいる、と。
桜子の執着心はどこまでも絵であったが、薫子の執着は人だ。いつか瓦解しそうだと薫子自身ですら思っていたが、三人が三人とも拗らせ切って、結果として歪に、けれど固くその縁は結ばれている。
誰かに手を出した瞬間に終わる、というある種分かりやすい仕組みになっているが、どうしてかみんな諾子に手を出そうとして薫子と椿の地雷を踏みつけ、破滅への道を辿る。
薫子に手出しができないからこそ、弱いと思ったところに手を伸ばしたのかもしれないが、そのせいでより絆が深まってしまったと言っても過言ではない。
そしてそれに関していえば薫子は二人が無事で有ればそのほかは何も考えないといった極端ぶりを見せている。計画は立てて、破滅に誘う道筋まではガッツリ整えるが爆破後の後始末はしないタイプだった。
(薫さんが好きに動いてスッキリするなら別に構いませんけどね。俺は)
椿はそれに気がついたあたりから、しっかりとその後始末をつけるようになった。結果的にそれがうまく噛み合うのだ。
表向き可憐で優しく、慈悲深いという評判すらある薫子には、幼少時の儚げな姿も見られているだけあって過激派が少なくない。薫子が何もせずとも勝手に暴走して消えていく敵もそれなりにいた。
元正たちも流石に気がついている。
(大学まで卒業したら、その後は春宮のお屋敷で軟禁のような生活を送って頂くのが薫さん自身のためかもしれませんね)
しれっと若干怖いことを考えている椿だが、浮かぶ表情は穏やかな笑みだ。
薫子は途中まで四季神家ごとぶっ壊すためにどうしたら良いかを考えているようだったが、流石にそこまでいけば椿も後始末が困難であるため、諾子に頼んで円から四季神家を切り離す方向性に変えてもらっていた。
諦める速さには定評のある薫子であったので被害が大きいと知れば簡単にサクッと計画を変えた。
周が異父姉に会いたがっていたのも大きいだろう。母親からの愛情に飢え、姉に母の面影を見た少年は面白いほど簡単に薫子に懐いた。
だから、本当は朱夏なんて使わなくともよかったのだ。彼を使いに出したのは逃げられないようにするためだ。
家族に捨てられた薫子だからこそ、簡単に保身に走ろうとする朱夏を従わせる何かを欲しがった。四季神の当主がなんと言ったかは知らないが、随分と青い顔をしていた。
「薫さん、そういえばそろそろ夏用のパーティードレスの採寸をしないといけませんね」
何かを考えている薫子を現実に戻すように椿が話しかける。
穏やかに微笑む椿を見て、薫子はほっとしたような表情を見せる。少しだけ迷うように椿に手を伸ばした。その手を取って手の甲に口付ける。
必ず守ると誓う、騎士のように。
椿も薫子がちゃんと「やべー女」だという認識はある。




