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「なぁ、おじょーさん」
「何かしら」
不快そうな雰囲気を出すが、それでも対応してくれるということはそこまで嫌われていないのだろう。朱夏はそう判断してにまりと笑った。
残念ながら大ハズレだが。
諾子に結構な頻度で近づこうとしているという、その一点のみで薫子は彼のことが嫌いだった。相手をしてやるのは側に彼女が居ない上に隣に椿がいるからだ。
「いやぁ、酷いやん。配下に下げ渡してしまうとか」
「配下?下げ渡す?何を言っているのかしら」
兎月は配下ではなく、戦友だと思っているし下げ渡すなんてとんでもないと心の底から嫌なものを見る目に変わる。
「私、距離を図り間違える方は好きではなくってよ」
そう告げる薫子の視線は冷ややかだ。隣にいる椿も心なしか殺気を放っているように感じる。
全て椿が手配したように見えるから綺麗なだけの人形であると見誤る人間もいるが、そんなわけがないだろうと朱夏は溜息を吐いた。
「なるほど。もうちょいごまをすっとくべきやったかな」
「結構よ。気味が悪い」
「薫子サン、ほんま清々しいほど過保護やなぁ」
憂うように息を吐く姿も絵になる。朱夏も自分がそういう人間だと分かった上でそう振る舞っている。
「それで、本当に役に立つ気はあるんですか?」
「まぁ、保身が許されるんやったらね?」
椿はちらりと薫子の方を見ると、視線に気付いた彼女が柔らかく微笑む。可愛い、と呟きかけて咳払いをする。椿が薫子に関わると様子がおかしくなるのはいつものことである。
「つまり、両方で中途半端に動き回ろうというわけですか」
「言い方悪ない!?」
「そういうことでしょう」
薫子の前でなかったらもっとえげつない問答が行われていたかもしれない、と椿を見ながら朱夏は髪をかき上げて瞳を臥せる。
「言うとくけど、俺はまだそこまで権限を譲渡されてへんねん。うちの親は四季神に近づくのは“桜子サン”目的で嬉しがっとるし」
「まぁ。けれど、お母様は多分余程のことがないともうお外に出ないと思うわ」
さらりと何か恐ろしげなことを言い出した薫子に、「やっぱり逆らうべきやないわぁ」と覚悟が決まった。
「それで、俺にどうして欲しいん?」
にこりと微笑む薫子を背に、椿が書類を手渡す。
部屋を出された朱夏は、義妹を少しだけ思い出して哀れに思った。




