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「ごっめん、一緒に来てくれない?」
そう言って紙を見せてくる朔夜の手を、薫子は苦笑しながら取った。
椿に手を引かれて会場に戻ったら、借り物競争をしていた。
朔夜は出場者を決める日に休んでいたら借り物競争にエントリーされていた。そのためちょうど出ていたところに帰ってきた。椿は不服そうだけれど、朔夜は内容的に薫子ならいけるだろうと薫子を要求してきた。なお、内容は和服が似合う女子である。
その向こうで清一郎が「王子様の似合う男子って何!?」と叫んでいた。出場者に朔夜を見つけて悔しがっている。
「もう、和服が似合うとか薫子ちゃんしか思い浮かばなくってさぁ!!」
ドレスだったら迷ったけど、と笑顔で言って一着でゴールインした。直後に、雅也を連れた清一郎が猛ダッシュして入ってきた。二人とも通った。
彼らの後の「社会科教師」を引き当てた女子はおじいちゃん先生の負担にならないようゆっくり歩いてゴールしていた。女性教諭は数学教諭にバッチバチにアプローチしていたからだろう。あとの社会科教師はパッと周囲を見れば生徒を捕まえてお説教していたり、担任をしている生徒に捕まっていたりで運がなかったといえる。
あとは規定部活の人間だったり、楽器が演奏できる人であったりさまざまなお題が出ていたようだ。
それが終わると玉入れのために薫子は並びに走ることになった。
その後ろで、朔夜のお題が「好きな子」とかでなかったことにホッとしている人間がそこそこいた。修羅場を見たいわけではないので。
すっかり人気になった彼が特定の人物を贔屓したらその瞬間悪夢が広がることを知っていた。我が身が大事な生徒や教師は意外と多いので、勘弁して欲しいと頷いた。
(いや、まぁ叶わなくっても好きでいるのは自由じゃん?)
ほっといて欲しいなぁ、と口に出さなくても心で呟く。寄ってくる女の子たちからタオルなどをもらってお礼を言うと頬を染めた。飲み物は「ごめんね!飲食物受け取り禁止なんだ、僕!」と断る。
恋人になるのを諦めている、というのと恋愛感情を消すのはイコールではない。
頭の片隅でそんなことを思いながら見られていないことを確認し、ゆっくりと息を吐いて、もう一度笑顔を貼り付ける。
椿だから、彼がそう思っておらずとも“友人だ”と朔夜は思っているから諦めたのだ。
それは決して彼女を不幸にさせるためじゃない。
(ま、雪哉くんは諦めてなさそーだけど)
そんなことを思いながら、遠くから舞香と一緒にいる円を眺める。
顔が真っ青な彼女を気遣うことはない。舞香は視線を彷徨わせて、椿と微笑み合う薫子を見つけてほんの少し。見逃してしまいそうなほど僅かに、ほっとした表情を見せた。
「意外にまともになってんじゃん」
「どうかなさいましたの?」
「なんでもないよ」
問いかけた女生徒に「心配してくれたの?」と悪戯っぽく声に出す。すぐに顔を赤くする彼女を、ほかの女子たちがきっと睨んでいた。
(嵐山舞香。突っつけば意外に落ちるか?)
多少なりともまともなのであれば、四季神円なんかと一緒にいたら精神的に保たないだろうと思考する。
けれど、芸能活動をしている身で不利益を被りかねないことをするリスクを考えるとそこまでやる気にはなれなかった。必要で有ればやるが。
それはそれとして、報告くらいは入れといてもいいかなんて考えながら彼は周囲の子たちに向き直った。




