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「腹が立つから、誰に逆らってはいけないかしっかりと教えて差し上げないといけないと思うの」
白桜会のサロン。その個室で愛らしく首を傾けながら言う薫子に、四ノ宮藤花は微笑みをもって頷いた。薫子がここまで言うのは珍しく、きっとやらかしがあったんだなぁという心境だ。きっと四季神がいればやり方を変えたり出来たのだろうが、怒りに満ち満ちた薫子が結構ガッツリ仕返しをしているのでてんてこまいだろう。
藤花の中性的な甘い声でのいくつかの質問は肯定をもって返された。ここ数年で薫子がどれだけ暗躍してきたかも知ることができて苦笑する。
「けれど、良いのかな?薫子はそういうの嫌がってただろう?」
「私の可愛い諾子さんや葉月さんの身には代えられませんわ、藤花お姉様」
女王のように君臨することは不可能なことではないのだと、さらりと口に出す。
ゲームのように破滅をしたくないというよりは、ただただ親しい人以外をそばに置くことを嫌がった結果大人しく見えているだけだ。今の自分が指先一つでいくらでも破滅を呼べることを彼女は自覚している。
「お姉様、やはり戦わなければならない時というのはあるのでしょうか?」
何も知らなければ、その言葉を使うまでに追い込まれているのかと哀れにも聞こえたかの知れない。けれど、その声は「ああ、面倒ねぇ」くらいの気持ちで沈んでいるだけであり、諦めたくないものに関しては抗うという彼女の意志の表れだ。
「そうだね。けど、もうしばらくは何もしなくてもいいと思うよ」
藤花がくすりと笑うと同時に、ノックの音が響いた。返事の後に、椿が姿を見せる。
嬉しそうに表情を綻ばせる薫子を見ながら微笑ましく思う。
「薫さんのお相手をありがとうございます。四ノ宮先輩」
薫子が慕うからこそ、椿の態度が柔らかいと知っている。
「薫子は可愛い後輩だからね」
その言葉を本当は信じていないのだと、椿の瞳に映る少しの敵意を見つけて彼女は面白く思う。
安心していいのに、なんて藤花の気持ちは通じない。
四ノ宮家は、美術商を営んでいる。
四季神にも繋がる家柄で、絵が好きだった桜子ともいくらか繋がりがあった。
それが運の尽きだったのかもしれない。彼女の叔父は桜子に引っ掛かっていた。それを面白く思わなかった環には随分と苦渋をなめさせられた。
それが上向いたきっかけが、その娘の薫子…厳密に言えば彼女の気を引きたがったその祖父母である。彼女が引き取られた当時、何にも関心を示さなかった彼女を心配する祖父母は「桜子の娘なのだから、もしかしたら美術品には関心を示すのでは?」と随分と贔屓にしてくれた。
結果として、薫子は「綺麗ねぇ」くらいの関心しか持たなかったが、あの時春宮が美術品を買い漁っていなければ家は危なかっただろうと彼女の両親は春宮に感謝をしている。
そう。だから最初は両親にいつか恩を返せる時が来たならばと近づいてほしいと頼まれた。
けれどどうだろう。彼女は非常に危なっかしく、狙われやすかった。後ろをひょこひょこついてくる彼女は愛らしかった。
絆されたと言っていい。
だから、円の事を知った時もサクッと邪魔することを決めた。
四ノ宮の家が距離をとっていようが周囲や一部親戚が向こうに着いているのだ。非常にやりやすかった。
「ああ、そうだ。君にこれを渡すよう頼まれていた」
藤花のスタンスとしては「薫子さえ今のままであれば何も惜しくはない」である。
だから椿にも加勢する。
明らかに書類用の封筒で渡すあたりが「薫子に椿を狙っているなんて思われたくない」という本音が見えるようだ。
「そうですか。ありがとうございます」
四季神にいくら下に見られても、彼女たちには彼女達の闘い方がある。
(特に円は環ほどには手が込んでないからね。後ろ暗い事を防ぎやすくて何よりだ)
受けた教育の違いかな、と藤花は嗤った。




