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体育がほとんど体育大会の練習や当日にやる行程の確認になっている。
ぶっちぎり一番で短距離走をゴールした諾子を見る生徒達の目は熱い。男子は兎月に睨まれてパッと目を離しているが。中には口笛を吹いて誤魔化している連中もいる。
ぜぇぜぇと息を切らして、「なぎちゃん、早いね」と眉を下げる葉月。豊かな胸が揺れる姿に男子達の目が釘付けになる。そして、数秒後には真っ青になって目を逸らした。
こちらはこちらで、諒太が冷ややかな目で彼らを見ていた。
「モテるんだよな、アイツ」
「葉月さんもすごく目を集めるんだよね」
二人共が笑顔だが、視線は冷ややかだ。すでに婚約の発表も終わっているのだから大人しくしていろと思う。あわよくばなんてないから見るな、という気持ちだ。
「でも、時透くんはよかったの?一生春宮さんの次、っていう可能性があるけど」
「薫子の隣にいる時のアイツが一番キラキラしてるんだよ。薫子以外が上に来ないなら俺は良い」
悟りの境地かよ、と諒太は引いた。諒太自身は好きな女の子の一番は自分でないと嫌だった。だからこそ薫子の出してくる無茶振りに乗ったのだ。そこまで考えて、「あれ。僕も結構掌の上?」とは思ったがそれでも良いと葉月を見た。
「邪魔よ!」
諾子と葉月が二人でいるところに後ろから声がかかる。高等部からの編入生だ。諾子が名前を思い出そうとして、「ムカつくからやめよ」しているのに気付いた葉月は苦笑する。
「特に道を塞いだりしてるわけじゃないのに言われる筋合いはないかなー」
「は?たかだかあなたの家格でアタシに逆らう気?」
キッと睨みつける彼女に諾子は「ウワァ」と言った。気分は痛いなコイツである。
そして、諾子達の向こうに雪哉を見つけて、瞳を輝かせて突撃する。
……葉月を思いっきり押し退けて。
倒れるところだった彼女を諾子が支えて、諒太は血相を変えて走り寄った。
そして雪哉は彼女を認識した瞬間、嫌そうな顔をして抱きつこうとする彼女をするりと避ける。顔面から地面に着地した少女に手も差し伸べることはない。
「おい」
硬い声音で呼ぶと、擦りむいた鼻を押さえて雪哉を見上げる。
「俺は、薫子の大切にしている友人を大事に出来ない馬鹿は好かん。気持ちが悪いから二度と近付くな」
一緒にいた清一郎は雪哉に対して拗らせきってるな、と呑気に思いながら少女を見た。
一般的に見て美少女だろう。家格が、というだけあって古くから続く由緒正しい家の出身だ。兄の方はそうではなかったけれど、妹はこういう女の子なのかと思った彼は家にあった婚約者候補のリストを思い出して、その中から彼女の名前を消すことを決めた。雪哉に付くと決めた時から、彼の機嫌を損ねるような相手を選ぶつもりはなかった。
(多分他にもいるぞ。そういうやつ)
拓人などはどちらかというと家的には秋月に近いし、雅也などは夏目家に近い。
そして、何より転入生の彼女が甘く見ているのが春宮だろうか。
薫子は今も以前も変わらない。基本的に穏やかで優しいように見えるが、諾子が関わると人が変わる。だから誰も好んで手を出しはしないのだ。
「結構たくさん取り巻きがいるみたいだけどやり方がまずかったな」
「どういう意味ですの!?ああもう、せっかく雪哉様の為に整えましたのに!」
四季神が何を考えているかなんてわからないが、差し向ける女の質が悪いなと思いながらじっと見つめる。
ぷりぷりと怒って「でも、そんな雪哉様も素敵!」とか言っている少女に清一郎は優しく「お前今から、結構ガチの制裁食らうぞ」と教えてやりはしなかった。
四季神が後ろにいること、自分の身分から突撃したって何も言われないと思っているだろうけれど、徒党を組んでわざわざ同じようなことをする連中は高等部に入って数名増えた。薫子は手加減をする性格ではない。




