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100話。いつもありがとうございます!
6月の体育祭に向けて、学校全体が賑わっている。
薫子は「春宮様に怪我をさせるな!!」「走らせるな!!」というクラスメイトによる謎の主張により全く楽しくないけれど。
真っ先に玉入れに名前を入れられたあたりで本気で嫌そうな顔をした。
そもそも彼女は運動音痴というわけでもないし、普段の体育は走っている。高等部からの編入生は「ズルじゃん!」と言ったし、薫子も「私、他の競技でもいいのよ」と言った。けれど、初等部からの生粋の白峰生は薫子に何かあった際に降臨する魔王を相手取りたくなんかなかった。本人の意見でもこればかりはと全力で黙殺する構えだ。
(誰かに転ばされるならともかくとして、自分が転ぶ分には椿さんも何も言わないと思うのだけれど)
拝み倒されて、ほうと溜息を吐く。
クラスメイト的には怪我の問題だけでもないので必死である。ほら、後ろ見て。椿様の顔見て!と薫子に訴えかけたいが、薫子が振り向いた瞬間にそれはそれはもう甘ったるい笑顔になることも同時にわかっていたので拝むしかない。
薫子は正直言って、自分に関しては無頓着な面がある。椿たちがおねだりして年々マシにはなっているが、隙もそれなりにあった。警備がガッチガチなので事案になる可能性自体は少ないけれど。
体育の時に薫子を見ている高等部からの編入生以外の女子だってこればかりは命がかかっているとばかりに変更しないでくれと思っている。
薫子は葉月ほどではないけれど出るところは出ているし、スタイルもいい。走ると胸部のたわわなものが揺れる。それに男子の目線が行こうものならば椿が暴走する可能性があった。
高等部からの編入生に関しては後ろで八雲が今までの経緯を説明していた。みるみるうちに真っ青になっていく顔。
嫌な予感がして振り向いた薫子の目にそれが映った瞬間、いい仕事をしたとばかりの笑顔で彼はひらひらと手を振った。
「椿さん、やり過ぎではない?」
「特にそうは思いませんが」
「どちらにしても一つは走らなくてはいけないわよ」
仕方がないわね、という顔をした薫子に椿も苦笑する。自分が行動を縛っている自覚があるのにこうやって許されてしまうあたり、甘いなと思ってしまう。これが自分と諾子限定のものであると知っているからこそ落ち着けるというものだが。
「あなたを奪われないためならば、俺はなんだってしますよ」
それが真実だと知っているので、甘い雰囲気で見つめ合う二人の空気をよそに教室にいるクラスメイトが震える。
「八重垣くん、こういう時空気を変えるのってあなたの役目だと思うの」
「いやぁ、今までって大体そういう役割朔夜だったしねぇ」
梓がなんとかしろと指差すけれど、好きな女の子の頼みでも八雲は流石にちょっと嫌だった。
なお、朔夜は仕事で休みである。
いつも面白そうに茶化してくれる彼が居ない今改めてその必要性を知った。
放置したそうな八雲を放って、梓が「体育祭がんばろ!」と明るく言う。薫子がそれに「そうね」と頷いたことでようやくマシな雰囲気になった。
これだからこいつは、と梓は白い目で八雲を見た。この二人は全く心の距離が縮まっていなかった。




