1
魔法とかないものを書いてみたくなって気晴らしにちょろちょろ書きはじめました。
ゆるっと読んでいただけるとありがたいです。
目を開くと、見慣れない…けれど知っているような天井があった。
少女は気怠げに周囲を見渡すけれど、誰もいない。
ゆっくりと起き上がった少女はそっと床に足をつける。思ったものと何かが違うのか、眉間に皺を寄せた。
掌をじぃっと見つめて「ちいさいわねぇ」と呟く。幼児特有の高めの声にこてんと首を傾げた。
その時、部屋の扉が開いて老婆が入ってくる。少女を見た瞬間、「薫子お嬢様!」と慌てたように駆け寄ってきた。
(あら、「私」は「薫子」というお名前なのねぇ)
にこにこと笑いながら状況を整理し始める薫子。
確か、薫子の誕生日のことだった。誕生日とは言っても少女は両親に愛されていなかったのか、5歳の今に至るまでまともに祝ってもらったことがない。誕生日プレゼントがあるだけマシというものだ。
そんな日に父親である男は母と薫子に告げた。
「離婚をしたいから、娘を連れて出て行って欲しい」
薫子が「薫子ではない」誰かの記憶まで呼び起こすほどのショックを受けたのはおそらくこの瞬間であっただろう。
父親は子供に全く関心がない母親よりは薫子を気にかけてくれていた。父親は小さな子供の精神的な支柱といっても良かった。それが一瞬で壊れたことで薫子の心は死んでしまったのだろう。
そうして代わりに表出したのが今の「薫子」だ。
その中に宿ったのはとある不運な成人女性の精神だった。彼女はオタク的な趣味を持ち、それとネット上の友人だけを支えに諦念を抱きながら生きてきた。
そんな女性は、不運なことに信号無視の車に突っ込まれて急死した。彼女は受験の日に熱を出したり、友人だと思っていた人に財布からお金を抜かれていたり、やっと就職した先がブラック企業だったりとそこそこに不運な女性だった。
薫子としての人生を整理しながら、スッとその人生を受け入れたのは、双方が諦めるのが早かったからと言える。
母親に付いて行けと言うくらいなので父親も薫子のことが邪魔なのだろう。まあ、いいか。
そのように考えた薫子は可哀想にと泣くばあやに笑いかけた。特に執着があるほど愛されてきていなかったことを思い出したので心の底からどうでも良い。開き直ったともいう。
「これから、どうしたらよいですか?」
ゆっくりとそう問うた少女にばあや…園生清子は目を見張る。
有栖川薫子という名の目の前のお嬢様はただ両親に愛されたいが為に気を引くように我儘を言ってきた。その少女が素直にこれからを聞いてくるということの異常性について考える。
「い、いつものように父君に言ってみては……」
「それはあきらめました。むだです」
柔らかくそう言う幼女を気味悪く思いながらも、どこかで彼女は納得する。
恐ろしいほどの穏やかさは諦念から来るのか、と。
一方、奥様…薫子の母親のヒステリックな叫び声と「もう君達にはウンザリだ!!」と怒鳴る旦那様…薫子の父親を思えば幼い少女の行く末が哀れではあった。
「お嬢様、お祖父様にお会いしてみませんか?」
清子は薫子にそう問うと、薫子は静かに頷いた。
その翌日、薫子の父はあっさりとその件について許可を出し、薫子は母方の祖父母の元に行く事となった。
「さようなら、おとうさま」
いつになく穏やかな娘を見送った父は表面上は同じように穏やかに送り出す。
(殊勝な態度で同情を買おうとして、通用する時期はもう過ぎてるんだよ)
心の中で毒突いた彼は資料を片手に、まだ妻である女の元へと足を運ぶのだった。