2話 道草夕暮れ時
荒神を倒した直後、可笑しな空と壊れた校舎が元に戻っていた
驚いて、周りを見渡すと無精髭を生やした男の人とその人におぶられている先輩、そして先程までは居なかった女性が居る。
「すまないな坊や…俺達でどうにかできれば良かったんだが…」
「あ…い、いえ!俺も助けて貰ったのでこれでおあいこですっ!」
「そうじゃぞ東島にアワナ殿これからは其方等の負担は減るぞ!!」
東島と呼ばれた男性は困りながらも『ありがとう』と微笑み頭を撫でてくれる
少しこそばい気持ちになり、目を逸らすと髪が腰まである女性と目が合う
無表情…というより、少し怒っている感じだが、すごい美人な人だ。
「誠大〜アワナ殿を見すぎじゃないのか〜?」
「はっ、ば!?見てねぇよ!!」
ニヤニヤしながらマツリが俺の脇腹を肘で小突いてくる、かく言う俺も顔が赤くなり体温が上がっていくのが分かる。その人が軽く溜息をついたかと思うとすぐに俺のところに近づいてくる、その度に心臓の鼓動が速くなる
「あ、あのっ、す、すんません、ジロジロ見るつもりばっ!?」
俺の目の前に立ったかと思うと、目にも止まらない速さで平手打ちが飛んできて俺は倒れ込む、いや平手打ちよりも強く感じたが、まさか…
「なに、私の事を舐め回すように見ているんですか、殴りますよ」
「い、いや、もうなぐってる…」
「コラッ!!アワナなんで打った!?」
少し赤くなった拳を構えてまるで、ゴミでも見るかのような冷たい視線を俺に向けている、その声は間違いなく男の人だ。後ろで見ていた東島さんが大きな声で怒りながらアワナと呼ばれた人に近寄る。
「お前はすぐ嫌な事があると手をあげて…坊や、じゃない誠大くんごめんな
コイツはアワナ、マツリちゃんと同じ妖怪だ、ほらごめんなさいする…」
「…妖魚族次期長、アワナです、嫌です謝りません」
「アワナ?」
「あ、いや…俺も見すぎてたんで…すみません…」
悪い事をした子供を叱る様にアワナさんという妖怪と話している
俺の視線が気に食わなかったのか意地でも謝りたくないらしい。
すると横からマツリが出てくる、手を合わせてアワナさんの顔を覗き込む様に…
「アワナ殿、どうか妾に免じてこの童を許してはくれんかのぉ?」
「それで許してくれるわけ…」
「マツリさんが、そこまで仰るなら許します」
「はやっ!?」
速攻だった喧嘩したバカップルでも、こんな直ぐには許さない。
どういう訳だとアワナさんの方を向くと、露骨に俺には嫌な顔をするが
マツリと会話するときはえらく嬉しそうだ。
「マツリさん、もしあの糞餓鬼に意地悪されたら私に行ってください
何時でも助太刀に参りますので!」
「いや…なんで俺が意地悪するの前提…」
「はは…すまんな誠大くん、アワナはちょっと人間嫌いで…」
「ちょっとって知ってます?あれ相当嫌ってますよ」
露骨な敵対心剥き出しにしているアワナさんと、そのアワナさんと談笑するマツリ…そして、困った様に笑う東島さん。
すると東島さんの背中から小さく声が聞こえた。
「うう…?」
「!こっちの坊やも起きたか…!!」
「先輩!!」
まだ少し体が痛むのか、時折咳き込んだり小さく唸っているが目を開けて周りを見渡している。
少し驚いた様な表情を浮かべたと思うと緊張の糸が切れたのか泣き出した。
「先輩…」
「く、そがぁ…!こ、わかった…んだよっ…うぐぅ…!!」
「…そうだな、よく頑張った、よく……生き延びてくれたな」
おんぶから抱っこの体制に変えて先輩の頭を撫でる、が流石に先輩が恥ずかしくなったのか、すぐに顔を真っ赤にして離れる。
「はは、すまんすまん…だが、お前さんを助けたのは俺だけじゃない
そこの坊や…いや誠大くんもだ」
「!てめぇ、今朝の一年か!?」
「ひっ」
俺の存在に今更気付いた先輩が詰め寄る勢いに驚いて、小さく悲鳴をあげてしまう。殴られるならやり返そうと身構えるが、俺の目の前から先輩の姿が見えなくなる、驚いて周りを見渡すと俺の足元で土下座をしている。
「助けてくれて…感謝の言葉しかねぇ!!本当にありがとうよ!!」
「あっ、い、いやっ、いいんで、あの頭上げてください!!?」
相当強く擦りつけているのか、先輩の額と地面から摩擦音が聞こえてくる。
血が出るまでやりそうなので半ば無理やり頭を上げさせる。
若干不服そうな表情をしているが、すぐに切り替え自己紹介をしてくる。
「俺ぁ、猫柳 光祐だ、テメェは?」
「あ、俺は…」
「綾澤誠大とマツリじゃ、よろしくの!」
後ろからマツリが割って入ってくる、さっきまで話していたアワナさんと東島さんは、手を振りながら帰っていく、思わず唖然としてしまった。
だけど、俺は知ってるこう言うのは契約した奴同士じゃないと妖怪は見えないとかそのパターンのはず
「お、おう、よろしくなマツリちゃん…」
「え」
そんなことはないめちゃくちゃ普通に見えていた。何なんだよこの妖怪達。
「というか、妾と其方ら初めてでは無いぞ」
「「え?/は??」」
マツリの発言に思わず先輩と同時に声が出る、二人で顔を見合わせ譲り合い俺が尋ねることに
「初めてじゃないって…俺だってオマエみたいな奴見たら忘れないぞ?」
「この姿では無く…」
『ほっ』と空中で後転したかと思うと、朝見かけた大きな鈴をつけた三毛猫へと変身していた
「「あー!!?」」
「ふふふ、中々良い反応じゃ」
嬉しそうに猫の姿で目を細めたかと思うと、再びくるりと前転して元の姿に戻る、反応に気を良くしたのか…先程よりえらく機嫌がいい。
「そ、そうか…あん時のネコちゃ…」
「そうじゃネコちゃんじゃ」
「…もしかして先輩…猫好きだったりしますか?」
ギクッ!という効果音が聞こえてきそうな程、わかりやすい反応が返ってきたが、すぐにバツの悪そうな表情へと変わる。
「…綾澤」
「は、はいっ」
朝の事を思い出し、思わず背筋がピンとなり気を張っていたが…先輩が勢い良く頭を下げる。
「助けてくれてありがとうよ!感謝する!!」
「へ…ぁは、いい!いえいえ!俺も東島さんに助けられたんでそんな!!」
「俺はお前とさっきのオッサンに助けて貰ったんだ礼言って何がワリィ!」
まさかお礼を言われるとは思って無かったので顔が熱くなるのを感じる。
マツリが横でニヤニヤとしている。
「な、何だよ!何ニヤニヤしてんだ!!」
「にゃはは、良かったのぉ?」
「んでだ…」
俺とマツリがわちゃわちゃと揉めていると、先輩がスマホを弄り画面を見せて提案してくる
「今日火曜だろ?俺ら行きつけのラーメン屋あるから行くぞ奢ってやるぜ」
「!ラーメン…」
「らーめん??」
俺も自分のスマホを確認する、近所のスーパーのセールは水曜日だから心配は無さそうだ、マツリの方を見るとずっと不思議そうに首をかしげている。
「何が気になるんだよ?」
「らーめんとは何じゃ!」
そりゃそこからになるよな。と思いまたマツリに尋ねる
「えーと…蕎麦とかうどん分かるか?」
「蕎麦なら知っとるぞ」
「それと同じ麺類って食べ物で中国の料理が元で…」
細かく説明すればする程マツリは首を左右に傾げる、俺も説明をどうするか悩んでいると…
「よーするに、めちゃくちゃうめぇもんだよ!ほれ綾澤教科書」
「うまいものか!なら食べたいぞ!!」
「す、すみません拾ってくれて」
俺達の様子を見て後ろから先輩が助け舟を出してくれて、おまけに俺の教科書も拾って袋に入れてくれていた、荒神に投げつけた本と一緒に入ってるのでちょっと赤黒くなってるものがあるが…まぁいいか
「でもマツリ、お前その状態で行くと他の人びっくりするぞ…」
「「なんで?」」
マツリと先輩が二人でハモって聞き返してくる、なんで揃ってキョトンとしてるんだ
「なんで…って、今の御時世、小さい子になんて格好させてるんだー
とかで怒って来たり、もしかしたら怪しい研究員に捕まったりとか…」
「あー…なるほどな?」
なるほどとは先輩言ってはいるが、あまりちゃんと理解をしている様子が見られない、完全に明後日の方向を見ている。
「なんかこう、変身とか…変化…?出来ないかマツリ?」
「ふむ、人間の常識に付き合う気は無いが…うまいものを食べるためじゃ」
仕方ないと、呟き今度はその場でくるっとスケート選手の様に回ると
猫の耳、尻尾が消え、そして猫の様な手足も人の様な見た目に変わっていた
「ふむ、こんなものでいいか」
「凄いな…こんな事も出来るのか…服も変わってるし…」
「ふふん、当然じゃ!さぁ、うまいものを食いに行くぞ!!」
「んじゃ校門行くぞ、もう一人待ってるからよ」
先輩筆頭に校門に向かって俺達は歩いて行く、道中ずっとマツリが不思議な顔をしているのが気になっているが、とりあえず校門に到着した
「お、猫ちゃーんおっせーよ」
「おうわりぃケン」
猫柳先輩とはまた違ったタイプで、黒髪にピアス少しヒョロっとした感じに見受けられるが、髪をかき上げた時に明るい青色が見えてちょっと驚いていると、ケンと呼ばれた先輩が俺に気づく
「ん、この子が猫ちゃん怪我させた子〜?」
「あ。いや、あのっ」
「いひひ、じょーだん、猫ちゃん怒ると話聞かないもんねぇー」
朝の件を持ち出されて慌てて否定しようとすると、笑いながら頬を片手で揉まれる。
横で猫柳先輩が面白く無さそうに見ているのがさらに気まずい
「オレは犬丸敦だよ、よろしく」
「俺は綾澤誠大です、よろしくお願いします犬丸先輩」
「はーい、んでこっちは妹ちゃん?かぁいいね、お兄ちゃんと手ぇ繋いで」
しゃがみマツリと視線を合わせ…待てよ今この人なんて言った?
手繋いで…?
自分の右手を見ると、しっかりとマツリの手を握って…握ってる!?
「い、いやコイツ妹じゃいでででで!!?」
「綾澤 マツリです!5さいです!」
「かぁいいねぇ、お兄ちゃんお迎えに来たのー?」
「うんー!マツリもらーめんたべるー!」
『そっかー』と犬丸先輩と話している間に
慌てて手を離そうとするが、ぎゅっと手を握ってくる…いや力が強すぎて握り潰してきそうな勢いだ、待って今ミシッっていった。
「っぷ…おーい、行くぞー」
「はーい、んじゃ誠ちゃんマツリちゃん行こーか」
「はーい!」
「う…うす…」
明らかに笑った猫柳先輩が声をかけてくる
歩きながらマツリと目が合う、さっき不思議そうな顔の理由がわかり納得だ
手を離そうとするが、面白がっているのか意地でも離そうとしない
また握り潰されるのは嫌なので大人しく従うことにしよう…
ー…
「ついたぜ、ここだ!」
「商店街に…こんなお店が…」
「ちょっと裏手だからねぇーでも、美味しいよ」
「親父ー!来たぞ」
引き戸を開けるとふわっとラーメンのスープのいい匂いが漂ってくる
中に入ると頭にタオルを巻いた男の人が優しい顔をして出迎えてくれた。
「珍しいなお前達が他の奴も連れてくるのは」
「新入生と、ソイツの妹だ」
「綾澤誠大です、えとそれでコッチが…」
「マツリです!」
「元気があっていいな、ほれ好きな席座れ」
『ならオレここ〜』と犬丸先輩が真っ先にカウンターの端っこに座る
その隣にマツリ、俺、そして猫柳先輩が挟むように座る。
「お前たち2人は…」
「オレと猫ちゃんは何時もの〜」
「だな、新入りさんたちはどうする?」
メニューを受け取りマツリとメニューを見る。
そしてすぐに小さい声でどのラーメンにするかを話し合う
「えーと…マツリ、お前小さいのにするか?」
「嫌じゃ、大きいの食う」
「じゃあ…せめて煮干し醤油ラーメンにしとけ、な?」
「むーぅー…」
初めての食べ物だからと、マツリをどうにか説得する
その代わりにマツリが気になっている物を俺が頼んで半分こする事になった。
「…猫柳先輩、これとこれ…いいですか…?」
「おう、いいぜ俺の奢りだ気にすんな!」
「!?…猫ちゃんが人に奢ってる…明日雪でも降るのかな」
『うるせぇぞケン!!』と端の席から言い返し、大将さんにメニューを指差しながら注文していく。
あれこれと話しているうちにそれぞれの頼んだラーメンが来たが
頼んだ覚えのないチャーシューが俺とマツリのラーメンに入っている。
「あの大将さん…俺達のチャーシュー…」
「ふ…礼なら猫柳に言いな、それより早く食わんとのびるぞ」
「はやく食べるぞ…よ!!」
マツリが興奮して可笑しな口調になっているが、俺も空腹が限界に来ている
手を合わせマツリと目を合わせる
「「いただきます!!」」
口に含んで勢い良くすする、少しピリ辛の味噌スープが絡んでめちゃくちゃ美味い、隣のマツリを見ると啜るのに苦労してるみたいだが…
「んむー!うまい、うまーい!」
「えー、もしかしてマツリちゃんラーメンデビュー?」
「え、ぁ、はい、そうなんです、な?」
声をかけるとマツリが口いっぱいに麺をほお張って幸せそうに頷く、こうしていると可愛らしくも見えてくる。
ー…
「ぷふー…はらいっぱーい…」
「本当だな…めちゃくちゃ美味かった…」
「そりゃ、良かったぜ」
「誠ちゃんそろそろ帰ったら?疲れたろうしおとーさんたち心配するよ」
その言葉に一瞬思考が止まってしまう、そう猫柳先輩たちは知らないし関係は無い。
「はい、今日はごちそうさまでした、マツリ行くぞ」
「…はーい」
すぐにその場を取り繕うように笑い立ち去る、犬丸先輩は俺達に手を振っている、猫柳先輩は難しい表情をしたかと思うと
「綾澤!また、明日な!」
にっと笑い犬丸先輩と同じ様に手を大きく振ってくる、恥ずかしくもあるが…少し嬉しくなり思わず手を振り返す。
外に出ると街灯が付き始めていた、俺達はちょっと早めの夕飯を済ませていたんだと思うと、不思議な高揚感が湧いてくる。
歩きながら俺の両親が居ない事、住んでるとこはアパートだという事…そしてマツリとこれからについて話す。
「マツリこれから俺と一緒のとこに住むけど…人前で姿消せるか?」
「まったく、人間はつくづく面倒じゃな…まぁ仕方あるまいやってやろう」
「それから俺はあんな風に外食出来ないで手作りになる、それでもいいか」
「まぁ良いぞ、虫や生肉よりはマシじゃからな!」
「そうか…それじゃ改めてよろしくな、マツリ」
自分の家…アパートにつくまで、結局2人で手を繋ぎながらのんびりくだらないことを喋りながら帰路についた。
ー2話 完ー