破滅の聖女〜この壊れゆく世界で〜
この世界は異世界から聖女を呼び、この世界の調和を祈らせるのが当たり前の事だった。
私もなんの疑いもなく、それが当たり前だと思っていた。だが、聖女は泣きながら元の世界に帰してくれと泣いて暴れる。
それを見た私は目が覚めるように、今まで当たり前だった事が異常に感じた。聖女にだって家族がいる、友だっていたはずだ。私達がした事は誘拐と何も変わらない。
何度も私達は聖女に話しかけるが、聖女は何も答えない。この世界を拒絶するように。
ある日、珍しく聖女は図書館へ行きたいと言い王宮の図書館へと足を運ぶ。すると聖女はボロボロの手帳を手にし、部屋へとすぐ戻ってその手帳を食い入る様に見つめる。何時間もその手帳を見た聖女は、より一層私達を拒む様になった。
祈りの時間も、神の像を睨みつけて何か狂気を感じさせるような祈りを捧げる聖女。私は手帳に書いてあった事を思い切って聞いてみた。
「聖女様、あの手帳にはなんと書かれていたのですか?」
「……犠牲になった聖女の叫びだよ」
「……犠牲?」
「ケイレブ……本当の事を言って。私は帰れるの?」
「……私には分かりかねます。全ては神殿が秘匿しているので」
「正直だね、ケイレブは……ねえ、ケイレブ。もしも帰れなかったら……私を殺してくれる?」
「……それは出来かねます」
「そっかあ……」
虚ろな目をし、光を宿さない黒い瞳で窓から空を見上げる聖女。何故殺してくれと頼むのか、その時の私には分からなかった。
それからというもの、聖女は食事を拒むことが多くなり、みるみるうちに痩せ細っていった。あの手帳には何が書いてあったのか。私は気になり、もう一度聖女に駄目でもともとで聞いてみた。
「聖女様、少しで良いのです。あの手帳には何が書いてあったのですか?」
「……私ね、多分帰れないの。神殿の嘘や聖女を留める為に男を差し向けてくる事、残った後も監禁され政治に利用される事。好きでもない男と結婚させられ、無理矢理子を産まされること……」
「……それは」
「ねえ、お願いケイレブ。同情するなら私を殺してよ」
「……聖女様。私には貴女を殺す事は出来ません、出来るはずがない」
いつも聖女は遠くを見て憂いている。手帳に書いてある事が本当なら、私は聖女を……この少女を守らなければならない。
フラフラと聖女は毎日必死に祈っている。私には聖女はこの世界の調和を祈っている様には見えなかった。それとは反対の、まるで破滅を祈る様に。いや、きっと本当に破滅を願っているのだろう。
この祈りの正体がバレれば、この非力な少女が殺されてしまう。それだけは避けなければ。
突然この世界に連れられ、孤独の中祈る少女を守れるのは私しかいない。
私は来るべき時の為に準備をした。例え世界中の人間に少女が恨まれようとも、私は少女の側にいる……守ってみせる。
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「なんで!?なんでケイレブが私に味方するの!?」
「私の勝手ですみません。この世界が滅びようとも、貴女には死んで欲しくない……私はまだ貴女の名前すら答えてもらってない。逃げ切ったら貴女の名前を教えてください」
「……馬鹿じゃないの。世界と私を天秤に掛けて、私を選ぶなんて」
私のしている事は、世界を敵に回す事だ。それでも私はこの少女の名前も知らないまま死んでたまるか。私はこの少女を知りたい。この壊れゆく世界で私が願うのは少女の幸せだった。
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「ここまでくれば、そう簡単に追いつけないでしょう。少しここで休みましょう」
「……茉莉花。私の名前は茉莉花」
「……マリカ様、それが貴女の名前なのですね」
「……呼び捨てでいい。敬語もいらない」
マリカは膝を抱えながら俯き、こちらを見ずに答える。少しは歩み寄れたのだろうか。
「分かった、マリカ。大丈夫、マリカを害す者から私が守るから」
するとマリカが立ち上がり、叫ぶように声を荒げる。だがその声は震えていた。
「私、この世界が壊れるように願ったんだよ!?なんでそんな私を助けたの!?周りにいた騎士達と同じく、私を殺せば良かったのに!!私だけじゃなく、ケイレブも世界中の人間の敵になったんだよ!?」
「私はそれでも構わない、マリカ。私はマリカの護衛騎士だからね」
「馬鹿じゃないの……」
マリカはポロポロと涙を流し座り込む。私は安心させるように優しく抱きしめ、マリカが落ち着くまでそうしていた。
そして私達は髪の色を変え、名前も変え、マリカが帰れる方法を探す旅に出た。だが、マリカは壊れゆく世界を旅するうちに少しずつ変わっていった。
「ケイレブ……悪いのはこの世界じゃなくて、私をこの世界に連れてきた人達で、この世界に生きる普通の人には関係ないよね……」
「……そうだな」
私とマリカはボロボロになり、朽ち果てた教会へと腰を据える。マリカは毎日何かを祈る様に、ボロボロの神の像に手を合わせる。
それからというもの、荒れ狂う空は澄み渡り、溢れかえっていた魔物は減った。
「いいのか、マリカ?君は破滅を願っていたんじゃないのか?」
「何も知らない人には、関係ないから……」
「……マリカは優しいな」
マリカは非情になりきれない。外の世界を知り、人々の生活を知り、マリカは破滅を望まなくなった。私に出来ることはマリカを元の世界に帰す術を探す事だけ。だが、マリカを帰したくない自分もいる。
この矛盾した旅がいつまでも続けば良いのに。