7.可能性の話
「翔太くんはこの世界についてどう思う? 以前いた世界とは全く別の世界である、と思うかい?」
才人は依然真面目な表情を貫いたまま俺に尋ねた。まるで、ここからが本番で、今まで話した事は序章に過ぎないと言いたげだ。
「無論、ここは異世界だ。言い換えれば、地球ではない別の星に来たと言った方が妥当だと俺は考えている」
「ふむ、異世界という考えは僕も一緒だ。しかし、別の星という解釈は僕とは違うね」
「まるで、ここが地球とでも言いたそうだな?」
「そうだ。ここは紛れもなく地球だと僕は考えている」
――そんな事が有り得るのだろうか? この世界では生態系も見たこと無いものだったし、何より『魔法』をこの目で見たし、俺自身も使用した。これらを確認した以上、ここは地球と言うには程遠い世界……のはずだ。
「そう断言する根拠はあるのか?」
「1つずつ解説していこう。まずは大気についてだ。この世界――仮にα世界としよう。僕らの世界はβ世界だ。α世界は僕達人間が生きられるだけの酸素と二酸化炭素、その他の空気を構成する要素がしっかりと含まれている。それらは地球とそう大差無い。少し違う点として、『魔素』なるものが数%含まれていた」
「つまり、俺らがちゃんと呼吸出来ているのはβ世界の地球とほぼ同じ大気があるからで、『魔素』というのは、名称から察するに魔法関連の何かという事か?」
「そういう事だ。理解が早くて助かるよ。ちなみに、α世界の人類と魔物は我々の身体構造とほぼ同じだが、魔素を取り込んで貯めておく為の器官のような物があったんだ」
「なるほど。という事は魔法を使う時、その器官に貯めた魔素から魔力へと変換しているという事だな? 俺にも同じ器官があるから魔法が使えたのか?」
「その通りだ。どうやら、女神でこの世界に来た時点でその器官が形成されていたみたいだ。これだけの情報でよくその推測に辿り着いたね。翔太くんは中々頭が良いようだ」
「と、とりあえず大気が似ているという事は納得した。もちろんそれだけじゃないんだよな?」
素直に褒められて少し照れてしまった俺は、それを隠すように2つ目の根拠を尋ねた。
「もちろんさ。2つ目は街並みと文化だ。ランスの町を見てどこか『似ている』と思った所は無いかい?」
「確かに、どこかで見たことある様な……中世の映画に出てきそうな街並みだった」
「そこだよ、僕も最初『似ている』と軽く思っただけだが、諸々調べていくうちに『似過ぎている』とそう思った。翔太くんの言うように、α世界の建物構造、衣服、娯楽、食などの文化レベルがまさに中世のそれだ」
「まさかα世界はβ世界でいうところの中世時代、とでも言いたいのか?」
「んー、惜しいね翔太くん。僕の推測でα世界はβ世界で君が生きていた時代、20世紀ぐらいのはずなんだ」
「なぜそうなるんだ? 今までの流れで行くと中世が一番近いように感じられるのだが」
「僕がα世界に来た時、まず初めに図書館に行ったんだ。どんな世界なのかを知っておく必要があったからね。その時に見つけた歴史書には現在までの大まかな出来事が書かれていた。暦計算がほぼ同じで、現在はβ世界で言うところの西暦2000年位ということが分かった。そして驚く事に、16世紀頃までは我々が知っているものとほぼ相違が無かったのさ――ある1点を除いてね」
「そのある1点というのはなんだ?」
「世界史ではあまり深くは触れられないが名前ぐらいは聞いた事があるだろう? 『魔女狩り』さ」
「『魔女狩り』と言うと、違う宗派の人間を『魔女』として裁判や迫害をした残酷な出来事…で合ってるか?」
「そう、その『魔女狩り』で合っているよ。ただ、本当は宗教同士の争いなどでは無いんだ。どちらの世界でも魔法の在り方を巡った争いだったのさ」
「どうしてそうなる? α世界はともかく、β世界も魔法が争いの火種になったという事とは考えにくいんじゃないか?」
「考えてもみなよ、宗教同士の争いなら『異教徒』という名称で呼称されるのが妥当じゃないかい? それなのに、わざわざ『魔女』なんて言葉を使うのは少し不自然だ。火のないところに煙は立たないって言うだろう? 本当は存在しているはずなのに、歴史が、世界が、魔法の存在を否定したのさ」
才人は恐ろしく真剣な表情でそう言った。その瞳には少し安堵の表情も垣間見えた。まるで世界の真実を知りながらも、誰にも話せなかった孤独から解放されたようだった。立体映像のはずなのに、まるでそこに本人がいるかのように錯覚すら覚えた。
「『魔女狩り』という出来事は、α世界では魔法の存在が肯定され、β世界では否定されたという違いがあるんだ。これをターニングポイントに、魔法が発展したα世界と、魔法の代わりに科学が発展したβ世界という2つの世界線が生まれたのさ」
「お前の言うことが正しければ、ここは地球だが、俺たちがいたβ世界とは別の世界線という事になる、で合ってるか?」
「そういう事だ。SFではお馴染みの『パラレルワールド』という概念だね。科学者間で意見が分かれる考え方だけれど、僕はこの概念について肯定派でね。ある小説家が『人間が想像出来る事は、人間が必ず実現できる』と言ったように、人が想像出来るものの実現可能性は否定出来ないと僕は思うんだ」
確かに、無い事の証明は『悪魔の証明』と言われるように、絶対に有り得ないと否定するのは難しいだろう。それに、俺自身がフィクションで描かれたような世界に来ているのだから、才人の言葉には説得力がある。
「 話がついつい逸れてしまったが、ここが地球と僕が考える理由は3つだ。1つ、大気構造が地球とほぼ相違無い事。2つ、街並みや文化が中世のものと酷似している事。3つ、歴史書によると16世紀までは類似した歴史を辿っていて、『魔女狩り』と思われる出来事が我々と異なる内容になっており、この世界は別の世界線と考えるのが妥当という事。ここまで僕の考えは理解出来たかい?」
「何となくお前の考えは理解したし、ある程度納得もした。ただ、全てを信じる訳では無いがな」
「それで良い。僕自身もこの仮説が100%合っていると断言は出来ないからね」
「――それで、ここが違う世界線の地球という事は分かったが、なぜ2人を連れて来たら駄目なんだ? 特に問題無いと思うんだが……」
「甘いね、翔太くん。SFでよく出てくる『パラドックス』や『バタフライエフェクト』を知らないのかい?」
「いや、生憎だがSFはあまり観て来なかったから知らないな」
「では教えよう。まず『パラドックス』だが、本来無いはずのものが世界に存在する事で、矛盾を生じさせてしまうという考え方だ。先程このα世界は魔法が発展したと僕は言った。その裏を返すと、科学は全くと言っていいほど発展していないんだ。君も薄々気づいていたんじゃないか?」
確かに、部屋の照明は光と火の魔法石で作られたものを使っていたし、料理に使う火や洗濯する水は魔法で生成していた。言われてみれば、科学的な方法で生活しているのを見たことが無い。
この世界での生活を思い返す俺を他所に、才人は続ける。
「その科学が発展していないα世界の住人に、いきなり科学技術の結晶たるこの研究室を見せるとどうなると思う? まさに矛盾、パラドックスが生まれてしまい、大きな混乱を招くだろうね」
「そうか? 2人なら意外と受け入れてくれそうだけどな」
「またまた甘いね、翔太くん。良いかい? β世界線で魔法が発見されてみなよ。僕の予想だと世界各国が魔法技術を巡った戦争に発展すると思うよ。もしくは、魔法に卓越した人を集めて『兵器』として使うかもね。そうなったら1面は焼け野原になり、たちまち世界の崩壊になりかねない」
「そ、そんな事になるか? 考えすぎだと思うんだが……」
「そんな事になりかねないんだよ。その理由はさっき話した『バタフライエフェクト』さ。蝶の羽ばたき1つで遠くで竜巻が起こるみたいに、ほんの少しの出来事でも巡り巡って、大きな出来事に繋がっているという考え方さ。よくタイムトラベルもので懸念されるんだが、パラレルワールドでもこの考え方は適用されるべきだと僕は思う。ただでさえ、僕達は世界線を行き来しているんだ。本当ならここに存在しているだけでかなり影響は大きいはずなんだが、そこは女神の力で抑えているのだろうね。でも、科学技術を見せるのは、世界を崩壊に導く致命的な出来事になりかねない」
「理屈は分かったが、やっぱり慎重というか、考え過ぎなんじゃ無いか?」
「それぐらいで良いのさ。例え0.01%ぐらいの可能性だとしても、僕のせいでこの世界を壊すなんてごめんだからね……」
才人はそう言うと、少し顔を伏せた。かなり神妙な面持ちで、冗談では無い様子が伺えた。
そして、才人は少し間を置いて再び眼鏡を上げる仕草をしながら続けた。
「改めて、翔太くんの要望に応えられない理由をまとめよう。1つ、この世界は異世界だが、世界線が違うだけの地球である可能性が高いこと。2つ、この世界線で発展した魔法ではなく、科学技術を発展させてしまうと、『パラドックス』と『バタフライエフェクト』で世界が崩壊する可能性があること。この2つの理由から、我が研究室にこの世界の住人を招くわけにはいかないんだ」
才人の考えは最もなのかもしれない。あまり納得はしていないが、可能性が少しでもあるのなら、世界崩壊に繋がる行動は避けるべきなのは明確だ。しかし、クレアとクロエにはどうやって説明すれば良いだろうか? 今才人から受けた説明をすると、それこそパラドックスが起きるだろう。かと言って上手く誤魔化せるほど俺は話が上手くない。どうするべきか途方に暮れ、頭を悩ます俺を他所に、才人は両手を叩き、飲み会の幹事よろしく続けた。
「さてと、久しぶりに同郷の人間と会えたからついつい長話をしてしまったけれど、外で待っている2人が心配してこの研究室に入ってこられても困る。今日の所はこの辺りでお引き取り願おう――そうだ、これはお土産だ。君も手ぶらで帰る訳にもいかないだろうからね」
才人がそう言ってパチンと指を鳴らすと、何処からか無人ロボットが現れ、大きい袋と小さい袋を1つずつ俺の元へと運んできた。
「これは一体何だ?」
「小さい方には翔太くん専用のデバイスが入っている。何か困った事があればこれで僕と連絡が取れる携帯電話みたいなものさ。察しが良い君なら分かると思うが、α世界の人間に決して見せてはいけないからね。取扱説明書も袋に入っているから確認してくれ。大きい方は帰ってからのお楽しみだ。外の2人に見せても大丈夫なものだよ。これで上手いことこの研究室の事は誤魔化してくれたまえ」
「――本当に見せても大丈夫なのか? あれだけ釘を刺されたんだ、かなり慎重にならないと駄目だと思うんだが…」
才人があまりにも脅してくるものだから、俺は少しナイーブになっていた。俺が原因で世界崩壊なんてまっぴらごめんだからな。
「その点は安心したまえ。僕の完璧なリサーチにより大丈夫な代物を選んだからね。それに――」
才人は少し間を置いて、眼鏡を上げる動作をしながらドヤ顔で言った。
「これは異世界物ではお約束の代物、だからね!」
ここまで読んでくださり、ありがとうございます。
良ければ、いいねやブックマーク等していただけると次話を書くモチベーションに繋がるので、何卒よろしくお願いします。
誤字・脱字報告も大変有難いです。
では、また次回の投稿で。




