4.守護者
「不気味なくらい静かね……」
ダンジョンへ足を踏み入れてから約5分、クレアが怪訝な顔でそう呟いた。ダンジョンと言えばトラップやモンスターの出現など何かしらイベントが起きるというイメージだが、その気配が全く無い。もちろん、だからといって今の警戒態勢を緩める気は毛頭ないのだが、この不気味な静けさの前に「何も起きないのでは?」という考えが駆け巡る。
もしかしたら、これがこのダンジョンの狙いでありトラップなのかもしれない。何も無いだろうと油断をさせた所で罠にかけるなんて事も十分に有り得る。そんな疑心暗鬼を抱えたまま俺たち一行は進み続けた。
それから何分経ったか正確に分からないが、突然目の前に大きな広間が現れた。入口から微かに見える出口らしき扉までは100~200mはあるだろうか。天井は学校の体育館より明らかに高く、ヤンチャな学生がバスケットボールを天井目掛けて思い切り投げても絶対に引っ掛からないと分かるほどだ。両端には通路と同じく松明が等間隔で並べられており、若干だが先程の道よりも明るい。
そんな広間に入ってから俺たち全員が感じているプレッシャー。明らかに何かがいる。その「何か」は、広間の中央で侵入者を待っているかのように仁王立ちしていた。体長約4mの巨体は全身が見るからに頑丈な石で覆われ、人間のような佇まいをしている。
「ゴーレム・・・」
意外な事に、クロエが最初に声をあげた。その表情は驚きと好きな玩具を見つけた少年の様な期待に溢れた何とも言えないものだった。
「こいつについて知ってるのか?」
「ん、ゴーレムは古代文明で作られたという歴史的に価値のある遺産で誰が何の目的で作ったのか未だに解明されていないから研究家の間では一生の内に出会えたら幸運と言われていて――」
「わ、分かった、そこまでで大丈夫だ」
俺は興奮してほぼ息継ぎ無しの早口で話すクロエを静止した。ここらで止めておかないと何時間でも話しそうな勢いだ。
「それで、どうする? この先に進みたければ俺を倒していけって言っているように見えるが……」
「出来れば倒さないで研究材料として持ち帰りたい……」
「うん、気持ちは分からんでもない……いや、分からんが、とにかく倒さないで進むのは無理だ。見ろ、あのディフェンス。並のドリブルじゃ突破出来ないぞ」
ゴーレムは俺たちが入ってきた事に気づいてからというもの、まるでバスケットボール選手のようにサイドステップを踏み、両手を大きく広げている。その巨体からなぜそんなスピードが出るんだと思わずツッコミを入れたくなる動きで、俺たちを煽っているようだ。入口の扉でもそうだったが、このダンジョンは侵入者をイライラさせる目的で作られたんじゃないか?
「迷っていても仕方ないわ、さっと倒して先に進むのよ!」
俺とクロエがそれぞれ思考を巡らせている隙に、クレアが細剣を取り出しゴーレムへ向かって走り出していた。
「っ!」
クレアの渾身の一撃は、ゴーレムの強靭な体で弾かれてしまった。クレアは冷静に巧みなステップで距離を取り、ゴーレムの反撃を躱した。
「ゴーレムは硬いから並の攻撃は通らない。物理攻撃はほぼ無効化されると思った方が良い」
「じゃあ、どうやって倒すんだ?」
「出来れば倒したくは無いけれど、仕方ない。ゴーレムに対してはこうするのが定石」
クロエは、某魔法学校で生徒が愛用していそうな小さい棒を取り出しブツブツと呪文を唱えだした。
『闇球』
クロエが突き出した小さな棒から黒くて大きな球が飛び出し、ゴーレムへと飛んで行く。俺が以前使った『火球』や『雷球』よりも大きく、敵に向かう速度も段違いだった。なるほど、物理で駄目なら魔法というわけだ。これならダメージを与えられるのでは―――と思った矢先、闇球はゴーレムに命中する直前に何かに吸収されたかのように消滅した。
「す、凄い! 今の見た? このゴーレム、恐らく魔法無効化できる手段を持っている! 今までのゴーレム目撃情報でもこんな話聞いた事無い!」
クロエは自分の攻撃が通らなかったにもかかわらず、先ほどよりも嬉しそうに飛び跳ねながら俺に訴えかけてきた。俺もクレアも異常すぎる探求心に若干引いてしまっている。
それはさておき、物理も魔法も駄目となるとどうやって倒せば良いんだろうか? どこかに突破口は無いのか……よし、ゴーレムをもう一度よく観察してみよう。幸い、クレアが攻撃を続けておりこちらに注意が向いていない。
そうして観察しているとある1つの結論に至った。最初は見間違いかと思ったが、何度も見直して確信した。こいつは俺にしか止めらないのだ。
「クレア! そのまま攻撃を続けてゴーレムの背中を俺の方に向けられるか?」
絶賛攻撃中のクレアに向かって聞こえるように大声で叫ぶ。
「ショウタ! 何か策を思い付いたの? 」
「ああ、俺を信じて奴を引きつけてくれ! 俺が奴の背中に乗る!」
「分かったわ! 私が隙を作るから、合図をしたら飛び込んで――ショウタ、今よ!」
俺はクレアの合図を聞いた瞬間、ゴーレム目掛けて全速力で走りだした。全速力と言っても、俺の走力は平均値で7秒34と決して速くは無いのだが、クレアがしっかりと引きつけてくれたおかげで、すんなりと背中に飛びつくことが出来た。そしてすかさず目当ての『それ』を勢い良く押した。ゴーレムは、糸が切れたように脱力し、そのまま動かなくなった。
「凄い……ショウタ、何をしたの?」
「私も説明を求める。正直、戦闘に関してショウタには期待していなかったのに……」
「確かに期待するなとは言ったけれど、面と向かって言われると若干傷つくな……。まあ、説明すると、これは『スイッチ』と言って俺の世界では誰もが知っている装置なんだ。これを押すと、物が動いたり、逆に動かなくなったりする」
そう、ゴーレムに搭載されていたのはスイッチだった。それも日本でもよく見る、〇と-が書いてあるタイプのものだ。しかもご丁寧に、スイッチの上にはON/OFFと印字がされていた。
「ショウタの世界の技術が何でゴーレムに使われていたのかしら……」
「恐らくだが、このダンジョンを管理しているのは俺と同じ世界から来た人間な気がする。入口の文字と言い、このゴーレムのスイッチと言い、俺の世界の技術をフル活用しているからな」
「そう、だとしたらこの扉の奥にはショウタの世界から来た人がいる可能性があるということね」
広間の入り口からも確認できた大きな扉。恐らく扉の先がこのダンジョンの最奥だろう。
「ショウタがいた世界とこのゴーレムについてどちらにも凄く興味があるけれど、先に進むのが先決」
「そうだな。よし、とにかく扉を開けてみよう……って、おい本気かよ!」
「ショウタ、どうしたの?」
「入口の扉みたいに文字が書いてあったから読んでみたんだが、要約すると扉を開けるにはさっきみたいに呪文を叫ぶ必要がある。それに……」
「それに?」
「『ここから先はこの文字が読める者、つまりは俺だけしか入ることを許さない』と書いてある」
「関係ない、私の目的はダンジョンに何があるのか調査すること。ショウタにだけ行かせるわけにはいかない」
そう、クロエはわざわざ俺たちに依頼してまでこのダンジョンの攻略に来たんだ。ここまで来て、最奥に入れないなんて酷な事を言っているとは思うのだが――
「いや、駄目だ。『許可された者以外が立ち入った場合、ダンジョンの出口を爆破する』って書いてあるからな。ハッタリの可能性もあるが、万が一本当だったら外に出るまでに全滅だ」
「で、でも――」
「クロエ、ここで私と一緒に待っていましょう? もしかしたら、ショウタが嘘を言っていると疑っているかもしれないけれど、あの文字を読めるのはショウタだけだし、入口の扉もショウタがいないと開かなかった。もし騙すなら、その段階で騙していたはずよ。それにほら、待っている間ゴーレムの調査をしていれば良いじゃない」
俺の言葉に納得出来ない様子のクロエを見かねてクレアがフォローに入ってくれた。俺自身は考えもしなかったが、確かにはたから見れば誰も読めない文字が読めるという立場を利用し、騙しているという考えを持つことは仕方のない事だろう。
「……分かった、そこまで言うならゴーレムの調査をして待っていることにする。ショウタ、奥に入ったら何があるかを是非教えて欲しい。出来れば、古代文明の技術が解明できそうな素材や遺物を回収してくれたら嬉しい」
クレアのゴーレム調査案が効いたのか、渋々ながら俺が1人で先に進むことを了承してくれた。
「分かった、出来る限りのことはしてみる」
「ショウタ、ちゃんと警戒は怠らずに行くのよ。そうだ、ちゃんと武器は持っている? 防具も傷んでない? それと……」
「いや、オカンか!クレア、心配してくれるのはありがたいけど俺は大丈夫だ。危険だと判断したら、直ぐに離脱してくるから。2人もゴーレムの調査をするのは良いが、いざという時の為に逃げる準備だけはしておいてくれよな」
「ん、それなら心配は無い。私は逃げ足の速さには自信がある」
「それは自慢する事なのか微妙だが……まあ、とにかく行ってくるよ」
俺は既に調査を始めているクロエを横目に、『例の呪文』を全力で叫んだ。先ほどと同じく恥ずかしさと喉を更に痛めたのは言うまでもないだろう。俺の渾身の叫びに呼応して扉が開く。この奥には、本当に俺と同じ世界から来た人間がいるのだろうか。そんな疑問を持ちながら、俺は歩みを進めた。
ここまで読んでくださり、ありがとうございます。
15日投稿の予定だったのですが、少し遅れてしまいました。申し訳ありません。
また、今回部分についても修正が入るかもしれません。
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では、また次回の投稿で。




