5.村正
注意:ストーリーの都合上いつもとは違い三人称視点で書いています。ご了承ください。
また、今回の部分は改変する可能性が高いです。
その昔、室町時代から江戸時代初期にかけて活躍した刀工一派「村正」は、徳川家の死や負傷に関わった凶器がことごとく村正の日本刀だった事から「妖刀」と恐れられ、人々に周知されてきた。しかし、これらは江戸時代後期の読本「南総里見八犬伝」に登場する架空の刀「村雨」と間違えられたり、映画やゲームなどでよく呪われた刀として扱われたりした事が影響しているとされている。そんな数々の逸話を持つ村正はその美しい刃の輝きや艶めかしさに魅入られたファンが数多く存在する。現代の日本では展示会が行われるなど、国民的に有名な刀と言っても過言では無い。
佐藤翔太はそんな「村正」に魅せられたファンの1人である。彼は小学6年生の時に、父に連れられて初めて「村正」を見てからその魅力に取り憑かれた。佐藤少年はごく平凡な人生を歩んできたが、小学6年生次の彼は「不思議な子ども」であった。いつも昼休みは、友達と校庭で遊んでいたが、展示会に行ってからは専ら図書室で村正や刀に関する本を読み漁り、その頃の知識量は他の子を上回る程であった。また、夏休みの自由研究はいつもなら理科の実験や植物観察などをしていたが、その年は「村正」について徹底的に調べあげ、それをまとめたレポートを提出した。周りが理科系の研究をする中、1人だけ社会系の研究をした佐藤少年のレポートは社会科担当の先生たちから高い評価を得て、学内の自由研究優秀賞を受賞する程であった。
しかし、少年の「村正熱」は1年で冷め、歳をとるとともに次第に記憶から薄れていった――そして、現在。大人になった佐藤翔太は突然異世界転移を果たし、絶対絶命のピンチに陥る。藁にもすがる思いで魔法を叫んだ時、彼の深層心理では「身を守れる物=妖刀・村正」と言う式が思い浮かんでいた。それは彼の意図によるものではなく、無意識に出てきた式であった。
そして、青年が刀の鞘から刃を抜き放つと同時に、彼の意識は失われた。と言うより、取り憑かれたと表現した方が妥当であろう。彼は伝説と言われる本物の「妖刀・村正」を創造し、その妖力を解放したのである。
村正は翔太の体に憑いた途端、正面から来る斧の攻撃に気づき、それを自分の分身(刀)を使って華麗に受け流した。その後状況を確認し、自分を呼び出した張本人である翔太の願い――即ち、アリスの救出へと動き出した。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
「一体何がどうなってやがる……」
男は目の前の状況を受け入れられずに思わず呟く。先程まで自分が追い詰めていた青年は確かにこの手で殺したはずであった。しかし、振り下ろした斧は空を切り、周りを見渡してもどこにも青年の姿は無かった。
「ぎゃああああああ! た、助けてくれぇ!!」
青年の姿を捜索していると突然、悲痛の叫びが牢獄代わりの部屋から聞こえてきた。奴隷市場に出品しようと捕らえたアリスという女の悲鳴でもない、さっきの瀕死だった男の悲鳴でもない。その声は紛れもなく、男の部下達の声であった。男は青年を探すのを諦め、叫び声の方へと走り出した。部屋の扉を勢いよく開けると目の前に飛び出してきたのは衝撃の光景であった。
女の投獄を命じた部下たちは全員床に倒れ、ピクリとも動いていなかった。部下たち全員の片腕が切り落とされ、傷口からは大量の血が辺り一面に滴っていた。そんな部下たちを見下すかのように立っている男が1人――先程の青年であった。青年の手には先程見た妙な武器があり、刃と彼の服に返り血がべったりと付いている事から彼がこの惨劇を生み出したとすぐに分かった。
先程までボロボロに追い込んだはずなのにどうしてあんなに動けるのか男は疑問だった。さらに、先程までの青年とはどこか雰囲気が違う感じがした。まるで何か別の物が乗り移ったような、そんな雰囲気だった。
「おい、てめえさっきまでは本気じゃなかったって事か? よくも俺の部下をこんな目に遭わせてくれたな。ただじゃおかねえ、覚悟しやがれ!」
男は青年に勢いよく罵声を飛ばす。はっきりと言葉にはしないが部下たちがやられた事よりも、何より目の前にいた自分に目もくれず一目散にここに来たことが気に食わなかった。
「……」
青年は男の存在には気づいているが、罵声に対する反応は全く無かった。
「無視とは悲しいじゃねえか、まあいい。いくらお前が本気を出したところで勝機なんて微塵もねえんだよ、諦めて死ねぇぇぇ!!」
男は悪役のお手本の様な捨て台詞を吐きながら青年に襲いかかる。血気盛んな盗賊の頭は青年を殺そうと躍起になっていた。自分には、「神器」と鍛え上げた肉体があり、初心者丸出しの冒険者に負けるはずは無い――そうタカを括っていた。
青年は襲いかかってくる男を見て鍔に手を掛け、ボソリと呟いた。
「居合・『奥義』紫電一閃」
鞘に収めた状態から一瞬で放たれた刀。雷のように迅い一撃は男の右肩から下を綺麗に切り落とした。片腕を失いバランスを崩した斧は地面に落ち、男の腕から滴った血で刃が真っ赤に染まった。青年は一瞬で男の背後まで移動し、右斜め下に向けて振り下ろして血を落とした。そして残心を示しつつ役目を終えた刀をゆっくりと納刀した。
男はあまりの一瞬の出来事に自分が何をされたか理解するまで時間を要した。頭で「斬られた」と分かるより先に右腕の激痛がその事を知らせてきた。男は痛みの余り苦悶の表情を浮かべた。
「ぐあぁぁ!! う、腕がァァ!」
これまでに経験したことの無いような激痛は男に情けない叫び声を上げさせた。これまで「神器」と持ち前の戦闘スキルで幾つもの武勇伝と富を手にした盗賊の頭は、誰にも負けないと信じていた。男にとって戦闘は誇りであり、唯一の生きがいであった。しかし、青年にたった一太刀で負けた。しかも太刀筋が全く見えずに為す術もないままの完全な敗北である。その事実に抑えきれない程の怒りが込み上げ、その矛先は青年へと向かった。
「この、クソガキィィ!」
男は隻腕ながらも怒りの力で大斧を持ち上げ、少年に三度襲いかかった。青年は先程同様にこちらに気づいたが、今回は反撃の素振りは見せずにただ立っているだけだった。否、立っているのがやっとな程消耗していた。先程魔法を連発して魔力を消費しただけでなく、一方的に攻撃された身体的なダメージもあり、青年の体はボロボロだった。盗賊の頭の怒りに任せた一撃が青年に直撃するかと思われたその瞬間、
「悪いのだけれど、私の大事な仲間に手を出さないで貰えるかしら」
そこに駆けつけたのは金髪美少女冒険者、クレア。彼女の細剣による一撃は男の鍛え上げた強靭な肉体を貫いた。
「ぐあ——つ! な、なんだ……お前は……」
クレアの攻撃を受けた男は貫かれた胸の傷口を抑えながらその場に倒れこんだ。男は斧を掴もうと左腕を伸ばすが、すぐに力を失いだらしなく崩れ落ちた。
「ショウタ、大丈夫? 悲鳴が聞こえたから急いでやってきたのだけれど——ってちょっとショウタ!?」
身体へのダメージと疲労がピークに達したのか、青年はクレアの言葉を遮るように地面に倒れこんだ。青年は意識が途切れる直前にクレアの存在を確認して安心したような表情を浮かべていた。
「ショウタ! ショウタ! ……良かった、息はあるみたい」
翔太に息があることを確認し、安堵するクレア。しかし、彼女には少し疑問があった。そこら中に倒れ込んでいる盗賊たちは誰がやったのだろうか。この場に居たのは紛れもなく翔太なのだから、普通に考えるなら翔太がやったとするのが自然だろう。だが、いくら冒険者になったとはいえ、対人戦闘に関して素人のはずの翔太が多数の敵を制圧することが出来るだろうか。それに、気絶する前に一瞬だけ目があった翔太は何か別人の様な雰囲気を醸し出していた。あれは本当に翔太だったのか……
「——もう、まったく無茶するんだから馬鹿ショウタ。 帰ったら色々聞かせて貰うからね」
彼女の脳内に様々な疑問が残る中、クレアと翔太は無事人質の救出に成功したのであった。
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