6.やるべきこと
あれからどれぐらい離れただろうか。あんなにうるさかった羽音が全く聞こえないぐらいには距離を離した。商人と馬車も無事に逃げ切ることが出来た。
「あの、この度は危ないところを助けて頂き、本当にありがとうございます。なんとお礼を申し上げてよいものか……」
「いや、お礼ならクレアに言ってくれ。俺は何もしていないのだから」
そう、本当に何もしていないのだ。ただ商人と一緒に馬車に乗っただけ。その指示を出したのもクレアだ。俺はその指示を受けるまで呆然と立ち尽くしていたに過ぎない。
「あ、あの?どちらに行かれるのですか? まさかさっきの所に行くおつもりですか?」
何も言わずに歩き出す俺に向かって商人が尋ねる。
「ああ、もちろん。俺が行ってどうこう出来る相手じゃないが、ここでじっとしている訳にはいかない。商人さんはここで馬車と待っていてくれ。必ず帰ってくるから」
商人は「行くな」と言いたげな顔だったが、俺の決心が揺らぐことはない事を悟ったのか、
「——分かりました、ですがせめてこれをお持ちください。私の家に伝わるお守りです。くれぐれも死なないでくださいね。恩人に死なれてしまってはこの先胸を張って商売が出来ませんので」
そう言って小さな袋を手渡してきた。俺がやるべき事はひとつ。絶対にクレアを助けてみせる。そう胸に誓って走り出した。
5分ほどでさっきの場所の近くまで来た。こんなに走るのは高校生の体育祭以来なので体力的にはもう限界である。激しい息切れをかき消すようにあの羽音が聞こえてくる。まだ魔物は生きている。木の影に隠れ、様子を伺う。すると、巨大蜂と戦闘をしている一人の影が見えた。間違いない、クレアだ。よかった、本当に生きていてくれてよかった。
安心したのも束の間、蜂の鋭い針がクレアを襲う。あの攻撃を喰らったら一溜りもないだろう。
「危ない、避けろ!!」
俺が忠告する前にクレアは攻撃をひらりと躱していた。スピードはクレアに分があるようだ。しかし、あの毒針のせいで攻めあぐねている様に見える。
「エンチャント」
左手を細剣にかざして炎を纏わせる。最初見た時よりも大きく、真っ赤に燃え盛る炎。素人の俺でもクレアが本気だと分かった。
蜂はそれを見て攻撃を仕掛ける。先程の直線的な攻撃とは違い、左右に動き、フェイントを織り交ぜてクレアを襲う。
クレアはその攻撃を当たる寸前で避ける。蜂の針は空を切り、先刻までクレアが存在した地面に突き刺さる。余りの鋭さ故に針が中々抜けないようだ。クレアはその隙を見逃さず、蜂の背後に回って細剣を一突きする。蜂の胴体に風穴が開き、瞬間、蜂は絶命した。
「ふう、危なかったわね。――で、さっきからそこで見ているのは誰? 気配がバレバレよ」
まじかよ! 結構離れていて、木の影に隠れているのにバレていたのか。恐ろしい気配察知だ。ここは大人しく投降する。
「や、やあ……」
「ショウタ!? 逃げなさいって言ったのに――まあいいわ、キラービーも倒したことだし。商人さんは無事なの?」
「ああ、大分離れた所に待機してもらっている。クレアが無事で本当に良かった。しかし、この辺は強い魔物は出ないんじゃ無かったのか? こんな強そうな魔物を初心者が相手出来るとは思えないんだが」
「そうなのよ。普通はこの森にA級モンスターなんて出るはずがないのに。生態系がおかしくなっているのかもしれないからギルドに報告しないといけないわ」
話を聞いているとクレアの背後から影が見えた。先程よりは少し小さめの蜂だ。敵討ちに来たのだろうか。既に攻撃態勢でクレアの元に一直線に向かってきている。クレアは気づいていない。まずい、間に合わない――
考えるより先に体が動いた。クレアを敵の射線から切るように肩を押して退け、蜂の攻撃に短剣で立ち向かう。しかし、戦闘素人の俺では太刀打ち出来るはずもなく蜂の針が俺の左肩に直撃する。
「――っ!!」
あまりの痛みに叫び声を上げようとしたが、上手く舌が回らない。全身が痺れてきて力が抜け、倒れ込んでしまった。――毒。朦朧とした意識の中でそう理解した。
「――ゥタ! ――きて! ――タ!」
クレアの必死の呼びかけにも反応できない。ああ、無事で良かった。何とか守ることが出来た安堵感と共に目の前が真っ暗になった。
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